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 家に帰ってきた私は、恐る恐る母に「ただいま」と告げる。母は振り返りニコリと笑って「おかえり」と返された。私は後ろから憑いて歩くサナエが母に視えたらどうしようかと思っていたが、どうやら本当に視えていないようだ。普通に会話が始まった。 「ねぇ。ミオ?」 「何?」 「最近、近所で事故があったのは知ってる?」 「あぁ。うん。あの交差点でしょ? 花が供えられた」 「そうそう。何でも轢き逃げなんだって。犯人はまだ捕まっていないそうよ。あんたも道を渡るときは気をつけなさいね」 「うん。分かった」  そう言って、私は二階の自室へ上がる。 「ねぇ?」  振り返りもせずに私は後ろにいるであろう幽霊のサナエに話しかける。 「何ですか?」 「うん。サナエを引いた車って……」 「あぁ、白のワンボックスカーでしたよ」 「うぅん。番号とかってのは?」 「覚えていませんね。そもそもそれを知ってどうするんですか?」 「あーそっか。本人から聞きましたって訳にはいかないもんね」 「ですよ。まぁなので犯人探しはいいとして」 「いいんだ?」 「はい。死んじゃったものは仕方がないですからね。私。前向きに生きるんです」 「……死んでるんだけど?」 「それでも前向きに存在していこうと決めましたから」  迷惑な存在のしかただなと思ったけど、まぁ辺に恨み言を隣で呟かれるよりはマシだろうと気にしないことにした。  その後は夕飯やお風呂を終えて軽く勉強タイムだ。しかし後ろのサナエのことが気になって集中できない。私はサナエに話しかける。 「幽霊ってなんで特定の人物にしか見えないんだろうね?」  私の疑問に、当のサナエは首をかしげる。 「さぁ?」 「さぁって。興味ないの?」 「いや、私にとって大事なのは視える人が居てくれたという事実ですから」  私は思わず涙する。何でこんな考えなしが取り憑いたのだろうかと思ったからだ。 「ちょっとは考えてよ」 「うぅん。じゃああれですね」 「あれ?」 「はい。あれです」 「何よ?」 「波長が合っちゃったってやつですね」 「波長ねぇ。それって光かな? それとも電波かな? 声が聞こえる以上は音波かも?」  私の言葉にサナエが苦笑い。 「いや。別に何の波長でもいいじゃないですか。視えるものは視えるし。聞こえるものは聞こえる。触れるものは触れるんですよ」  思わず歯噛みする。 「ぐぬぬ。気になるじゃんさ。だって幽霊だよ? 目の前に居るんだよ? うん? あぁ。私の幻聴や幻覚の疑いもあるのか」  そう言って私が考え出すと、サナエは肩を竦めて大きく息を吐いた。それに気が付いた私はサナエに歩み寄る。 「ねぇ! 今、空気吐き出しよね! 呼吸してるの?」  しかしサナエは首を傾げるばかりだ。 「さぁ?」 「さぁって。あのねぇ、私マジなんですけど?」 「ワタシ的にはどうでもいいんですけどね。まぁそれでも言葉を返すなら。そもそも私は喋っているわけで、そのためには空気を――」  サナエの言葉を私は遮る。 「そうだよ。喋っているんだよ。ということは肺で呼吸をしてるってことだよね うっそ。マジ?」 「まぁそうなりますよね。何なんでしょうね? 幽霊って」 「うぅん。ここはやはり私の病気説を――」 「ちょ! ちょっと待って下さい! 私ここにいまぁす。居るんですぉ。幻聴や幻覚じゃないでぇす。病気の一言で片付けないでぇ」  そう言って両手を広げて、一生懸命に存在をアピールする幽霊のサナエ。その光景は何だかシュール。  その後、身に入らない勉強は、さっさと切り上げて私はベッドに潜り込みサナエという幽霊の存在をどう解釈するのか考えた。 「うぅん。私にだけ視える存在というのがミソなのよね」 「そうですね」 「私だけがサナエの存在を認識して観察しているのよね。ここはやっぱり私の病気説を――」  しかしサナエが口を尖らせて主張する。 「違いますぅ。私は居ますぅ。存在してるんですぅ」  正直、うざいなぁと思った。  でもまぁ空想は好きだ。そして科学も好きだ。  せっかくの機会だ。  ここは幽霊なる存在を、しばらく観察するのも面白いかもしれないと思った。
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