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02
自転車を漕いで夕暮れの街を帰宅する。
途中、信号待ちで引っかかる。自然と隣に立っている電信柱に花束が添えられているのが目に入った。
「交通事故、か。私も気をつけなきゃな」
そう思って、視線を目の前に戻すと電信柱の反対側に人影があるのに気が付いた。やはり何となく視線をそちらに向けると、そこには女性が立っていた。うつむいて居て長い髪が垂れ下がり顔が隠れて見えない。
私は、またまっすぐ視線を元に戻した。知らない女性を見つめる趣味はないからだ。
しばらく信号を待っていると、女性がブツブツ呟き始めた。
「アナタ。ねぇ貴女…… 私が視えていますよね? 視えていますよね?」
女性の声が聞こえたので、もう一度、私は女性を見る。すると女性が「やっぱり視えるんだ」と呟いたのが聞こえた。何を言っているんだこいつはと思って女性を睨んで声を掛けた。
「見えていますが、それが何か?」
私の問いかけに、しかし女性は俯いたまま、やはりブツブツと呟くばかりだ。気持ちが悪いので、それ以上は関わるのを止めとこと思って、信号が青に変わったのをいいことに、さっさとその場を離れるために自転車を漕ぎ出した。
するといくらか行った先で突然、自転車がギシッと鳴って重くなった。
「何?」
そう思って自転車を止め、後ろを振り向くと、先程の女性が自転車の後ろに俯き加減で乗っていた。私は叫ぶ。
「ちょっと! あんた何やってんのよ!」
しかし女性はブツブツと呟いているばかりだ。私はいい加減、頭にきて女性の胸ぐらを掴んで顔を上げさせた。目と目が合う。その状態でやはり私は叫ぶ。
「人と話すときは顔を上げろ! 相手の目を見ろ! ふざけんな!」
すると女性が震え始めた。その目には涙が溢れてくる。
「ご、ごめんなさ、だって、私が視える人、嬉しく、て。誰も私を、見つけてくれない、から…… 嬉しくて、つい……」
そう言って今度はメソメソと泣き始めたのだ。
何なんだこいつは!
そうは思ったがひたすらに泣くだけの彼女の様子に、振り上げた拳の降ろしどころを探して視線をさまよわせる。
仕方がないので女性と話をすることにした。
「で? あんた一体何なの? 名前は?」
「はい。私、春日井早苗と言います。21歳です。この度、交通事故に合ってしまったようで幽霊となってしまいました」
私は思わず首を傾げる。
「は? 幽霊? なに言ってんの?」
そう言って女性に触れてみる。
「触れるみたいだけど?」
これに早苗と名乗る幽霊も首を傾げる。
「何ででしょうね? 私も幽霊になりたてなので分かりません」
私の眉間にシワが寄る。その様子を見たのか、早苗が慌てたように言う。
「あ、でもでも他の人に私は見えないんですよ? 触ることも出来ません」
私は思わず沈黙する。科学的に言ってありえなからだ。
だがまぁ空想科学の世界ならありだ。
とりあえず私は周囲に視線を向ける。しかし運の悪いことに人通りはない。しかたがないので、ひとまず本人が自分を幽霊だと言っているので、そういうことにして話をすすめる。
「はぁ、じゃあ幽霊さん」
「いえ。そこはサナエで」
「……サナエさん?」
「はい」
ニコニコと笑顔のサナエに私は告げる。
「私に何か用ですか?」
しかし彼女は首を傾げた。
「用?」
私は思わず、足を踏み鳴らす。
「用があるから人の自転車の後ろに勝手に乗ったんでしょうが!」
それに彼女が「あぁ!」と言った様子でポンと手を叩いた。何気に仕草が古臭い。
「そうです。そうです。私、貴女に取り憑くことにしました。不束者ですが宜しくおねがいします」
私は思わず叫ぶ。
「ふざけんな!」
しかし彼女は滅気ない。
「えーだって他に私が視える人が居ないんですもん!」
「ですもんじゃない! 人一人養えって無理に決まってんでしょ!」
「大丈夫ですよ。どうせ他の人には見えません。それに食費もかかりませんし?」
「そういう問題じゃない!」
その後も喧々諤々と言い争ったが結局、彼女を追い払うことが出来ずに家に連れ帰ることになってしまったのだった。
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