海の藻屑になるには、まだ早いより

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「背伸びするのに必死な女の子たちより、自然で可愛いって言ったつもりだったんだけど」 「怜音くんだって香水なんてつけて、背伸びしているのは一緒じゃないんですか」  拗ねた口調で口を尖らせている彼女が、僕の香水に気づいていたことに驚きを感じた。 「ステラから誕生日に貰ったんだよ。そろそろレオンも香水くらいつけろって。パリに行ってから、やたら向こうの文化に馴染ませようとするんだ。ステラまでそんなふうだから疲れるよ」 「ごめんなさい。怜音くんが好きでしているわけじゃないのに、背伸びしているなんて言って」 「ううん。気にしないで。向こうでは本当に背伸びしまくりだから。この匂い嫌い?」  僕はくらげちゃんに近づき、手首の内側を彼女の鼻に近づけた。  くらげちゃんは息でも止めているみたいに身動きしない。 「あれ。匂いしない?」 「あ、いえ、します。海みたいな爽やかな匂いですね」 「当たり。これマリン系の香りなんだってさ」  もう一度手首を彼女の顔に近づけると、後ずさりしてよろけてしまった。 「大丈夫?」  そっと背中を支えると、くらげちゃんは慌てて体勢を立て直す。 「この香り好き?」 「好きです」 「良かった。じゃあ今日はくらげちゃんも同じ香りにしてあげる」  僕は彼女の手を取りひっくり返し、手首の内側同士を擦り合わせた。 「ほら、これで一緒」  擦れたところがじんわりと熱い。  今何を考えているんだろう。少しは僕のことを意識してくれたらいいのに。 「と言いたいところだけど、同じ香水をつけても同じ匂いにはならないんだって。僕がつければ僕の、くらげちゃんがつければくらげちゃんの匂いになるらしいよ。もう匂い移ったかな」  彼女の手首に鼻を近づけ確かめようとすると、くらげちゃんはサッと手を引いてしまった。 「ダ、ダメです。私、汗を掻いているし」 「そんなの僕だって同じだよ。久しぶりに会ったのにそっけないなあ」  天井に埋め込まれたスピーカーから蛍の光が流れ出した。閉館時間まであと10分しかない。 「そんなことないです。私、もう帰りますね。閉館時間だし」
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