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ライブから帰ってきて、上着を脱いだ冬吾さんから、ふわりといつもと違う香りがした。
「冬吾さん、香水をつけていますか? 珍しいですね」
「園原さんをイメージした新しい香水がでるらしくて、試して欲しいって言われたんだ。少しつけただけなんだけど、嫌だったらすぐにシャワーで流してくるよ」
「あ、待ってください」
帰ってきたばかりで部屋からいなくなってしまうのが寂しくて、バスルームに歩き出した冬吾さんの手を思わず掴んでしまった。
「一緒に入ってくれるなら歓迎するけど」
振り向いた冬吾さんは、口元に笑みを浮かべている。こういう表情をしているときは、だいたい本気じゃなくて私をからかっているときだ。
「違います。ただ、もう少し話をしていたかっただけで」
「残念だな。花名が積極的になってくれたのかと思ったのに」
少しも残念そうではなく言ってから、私の手を引いてソファに腰掛ける。
「試した感想を言わなきゃいけないんだけど、正直香水はそんなに好きじゃないからよくわからないんだよ。花名が教えてくれると助かるんだけどな」
「感想ですか……いいですけど」
「じゃあ、もう少し近づいて」
冬吾さんはそう言って、向かい合ったまま私の背中に手を回し、左肩にそっと顎を乗せた。
香水の匂いのせいか、なんだかいつも以上にドキドキしてしまう。
「どんな匂い?」
「えっと、森にいるような香りがします。少しスパイシーな木の香りです」
「トップノートはベルガモットの香りがしたんだけど、香水って時間の経過とともに香りが変わるから、今はミドルノートくらいなのかな。この香りは好き?」
耳元で喋られるとくすぐったくなってしまう。
「はい……好きです」
「そう。僕は花名が好きだよ」
こんな距離で言われると、どう反応したらいいのかわからなくなってしまう。
「もう感想はいいですか?」
狼狽えてしまったら、ふっと冬吾さんが笑ったのがわかった。
「ダメだよ。ラストノートも教えて欲しいからね」
そう言いながら冬吾さんは私の首筋にキスをした。
「あの、どのくらい経ったら、ラストノートになるんですか」
「僕の香りが花名に移るくらいの時間、こうしていたらかな。だからこのまま離れないで」
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