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いつものように公園のベンチに座ったあと、森緒くんは私の顔をじっと見てきた。あれほど暑い日が続いていたのに、秋になった途端、色づいている葉がある。
「私になにかついているの?」
「何も。これからある賭けをしようと思うんだ」
「賭け? なんの」
「それはまだ言えない」
「勿体ぶらずに教えてくれたらいいでしょ」
「それじゃあ意味がないんだよ。いい? これから僕は笹野さんをハグする。そうしたら、一分間僕の匂いをよく嗅いで欲しい」
匂いを嗅ぐということは、香りに関係しているということなんだろう。
「わかった」と返事をすると、森緒くんはよろしいというように大きく頷いた。猫一匹分いつも空いている隙間を埋めるように近づくと、腕を広げてからハグをする。
「さあ、始めて」
鼻からゆっくり匂いを吸い上げると、シャンプーの匂いがした。多分香りはシトラス系。次に肩のあたりを嗅いでみた。学生服についているのは柔軟剤の匂いだ。
もう一度大きく息を吸い込むと、森緒くんという感じの匂いがした。何となく胸が騒がしくなる香りだ。でも一分は長すぎる気がする。ちょっと心臓が持たない。
「どう? なにか感じた?」
「別に特に」
私はなんでもない風を装って、森緒くんから離れた。
「笹野さんは本当に嘘つきだよね。まあ、足が正直だからいいんだけど。自分の身体の匂いを嗅いでみて。きっと僕の匂いがするはずだ」
私はセーラ服の胸元の布を引っ張って、匂いを嗅いでみた。たしかに森緒くんの匂いがした。
「今度、暗闇で僕の匂いがわかるか賭けをしよう。あ、勿論笹野さんが目隠しするだけで、僕は全部見ているけど。どう? やってみる? 匂いを嗅いで、僕のものだと当てられたら、笹野さんの勝ちだよ。笹野さんが勝ったらなんでも言うことを聞いてあげる」
なんでも。魅力的な言葉だ。
「もし必要なら、匂いを移す時間をもう少しあげてもいいけど。そうしたら家でも確かめられるからね」
「わかった。それなら、あと一分欲しい」
もう一度腕を広げた森緒くんは、なぜかとても満足そうな顔をしていた。
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