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それでも五時を告げる音楽は流れ、刻々と夜に近づいていく。猫もいなくなるのだろう。そんな心配から、私は誰にも贈ったことのない、青と白の花冠を、小さな猫の頭にかぶせてみる。雲の隙間から届く斜陽に染められて、猫は目を輝かせて私を見上げてくれた。
猫の表情はわからない。その目の光は、喜びではなく涙にも見え、どことなく寂しさを覚える。……あの日、弟もこんな目をしていた。
猫が目を伏せて囁く。
防風林の向こうから届いた、救急車の赤い光とせわしない音に、今さらながら気持ちが向く。猫のひげがかすかに震えている。ちょうど、家族で川に行った日のように、視界がひどく明滅した。目をつぶれば、捕まえられなかった弟の手と、嫌な音が鮮明になる。
聞きたくない。
もう会えないなんて言葉も、惨事を想像させるサイレンも。
耳をふさぐのに、猫は背を伸ばして、一期一会だから、出会いは一回きりでもすてきなものだよ、なんてきどった言葉を重ねてくる。
どうして? 今日は会えたのに。ねえ、そもそもあなたは誰? 疑問は口から出ることなく、猫の遠い空色の瞳に吸い込まれていった。
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