狐火を追いかけて泣く男は愛を知らない

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狐火を追いかけて泣く男は愛を知らない

【狐火(きつねび)】 原因不明に火の気がないところで提灯や松明のように灯る火とされ、ヒトボス、火点し(ひともし)燐火(りんか)とも呼ばれている。 春から夏にかけて見られ、蒸し暑く陰鬱な日に出現することが多い。 出現するのは人気のない場所だったり、逆に人を追いかけてくることも。 鬼火の別称という説もあるが、別物として扱われれている。 俺の地元の婚礼の義はすこし変わっている。 嫁入りする女性が、夫となる男性の家へと歩いていくのだ。 白無垢をまとった女性を先頭に、親族や参列者が並んで暗闇のなか提灯をかかげて。 子供のころ、闇につらなった明かりを何回も見たことがあるし、その行列に混じって提灯を持って歩いたこともある。 そして、一回だけ、不思議な体験を。 眠れなくて、真夜中になんとなく窓の外を見たときだった。 眼下には田んぼが広がって、畦道が一本通っていたのだが、なんと、そこに提灯の行列が。 婚礼の義は夜に行われるとはいえ、零時を回っては、さすがにない。 そもそも一見して、その異様さがありありと。 視界の端から端まで、途切れずに仄かな明かりが並んで、移ろい揺れているのだ。 女性の家柄にもよるが、長くて列は、五十人が並ぶほど。 比べて、窓から見える範囲の列は、どこまでも提灯がつらなって、先頭も最後尾も目につかず。 平常の婚礼の義でないのは明らかで、その正体は不明ながらも幻想的な光景。 つい見惚れつつも、どうにも悪寒がしてやまずに、頭まで布団をかぶり、固く目を閉じ耳をふさいだ。 翌日、親や先生、友人やクラスメイトに「昨日、結婚した人いる?」と聞くも、全員がノー。 というか「いやいや、それよりも」とべつの話題で持ちきりになり。 町役場の女性が、夜に実家からでたきり、行方不明なのだという。 家出かと思うも、財布などの必要不可欠なものは部屋に置いたままだったとか。 「じゃあ、カケオチじゃね?」と友人が笑ったのに、ふと零時過ぎの提灯の行列が脳裏に浮かんで。 もしかして、あの列の先頭にいたのが、失踪した女の人では? 直感でしかなかったが、学校の歴史と伝承に詳しい先生に真夜中の目撃情報と、その考えを伝えたところ。 「そういう目撃した人は、これまでもいてね。 どうやら、結婚したわけでなく、待つ夫もいないのに夜に提灯の列が浮かびあがることがあるらしいの。 まあ、目撃されたのと女性の失踪が同時に起こったのは、わたしが知るかぎり、はじめてだけど」 「ほんとうに、消えた女の人には結婚する予定がなかったんですか? 結婚を約束した人、恋人とかはいなかったの?」 「あーうん・・・」と歯切れわるく、なかなか応じようとせず。 首をひねって顔を覗きこむと「そうそう、その正体は狐火かもね」と焦ったようにまくしたてて。 「この地域の風習のように狐も嫁入りのときは同じことをするらしいのよ。 その列が長くてね、五、六百メートルから四キロメートルもあると云われている。 持っているのは提灯ではないらしくて、点滅したり、一斉に消えたり、色がオレンジだったり青だったりするんだって」 「ということは、女の人は狐だったんですか?」と聞けば、こんどは「いーや」と即答。 「人間の女が狐の男に嫁いりすることもあるっていうから。 ははっ、人間の男よりも狐のほうがイケメンで優しくて裕福なのかもね」 なんて、二十年まえのことを思いかえしながら辿りついた地元。 ちょくちょく帰ってきているとはいえ、今日は同窓会参加なので、いつもより過去回想が多い。 「すこし緊張しているのかな」と同窓会の会場に行ったところで、お目当ての幼なじみ、ミズキが不参加で拍子ぬけ。 友人らに聞いたところ「三日前くらいから仕事を休んでいる」「その前からも体調がよくなさそうだった」とのこと。 心配したのと胸騒ぎがしたとはいえ、ミズキは実家暮らし。 高校のころ以降、おじゃましていないとなれば、顔をだしにくいし、プライベート用のスマホを忘れてきたし。 会ったり連絡をとるのをあきらめ、同窓会で酒を煽りまくり、酔いどれで実家に帰宅。 睡魔に襲われながらも、どうしてか目が冴えて、零時をすこし回ったころ、ベッドから起きあがり窓へ。 どこか、そんな予感がしていたとはいえ、まさか記憶どおりの光景が窓の向こうに広がっていようとは。 延延につづいているような提灯、いや、狐火の行列。 ただ昔とちがって、先頭が畦道を歩いているのが見える。 窓に鼻をくっつけて目を凝らしたところ、狐火にうすぼんやりと照らされた、その顔は・・・。 判別した瞬間、ころげ落ちるように階段を下りて、部屋着のまま裸足のまま、道なき田んぼに跳びだした。 ゆっくりと遠ざかっていく先頭の狐火めがけて、遮二無二、走りながらも、かつて失踪した女性のことを思い起こして。 あとから知ったことだが、彼女は町役場の上司と不倫をしていたという。 (だから、先生が俺の質問に応じず、うやむやにしたのだ) そのことが周りに知れてしまったようで、もしかしたら身ごもったことで、さらに思いつめたのかもしれない。 そう考えるのは、白無垢を着たミズキの腹が膨らんでいるように見えるから。 「はやまるなミズキ!俺の結婚生活はとっくに破綻しているんだ! 相手が身ごもったから結婚するしかなかっただけで、いや、今は俺の子かさえ、怪しく思っている! 俺がはじめから、ほんとうに好きなのは、おまえだけなんだ! あと、もうすこし!もうすこしだけ、待っててくれれば・・・!」 どれだけ走ろうが、畦道には辿りつけず、距離も縮まるどころか、徐々に遠ざかるばかり。 しばらくもすれば声が枯れて疲れはててしまい、つまづいて転倒したなら、そのまま意識を失った。 朝になって、犬の散歩をしていたお爺さんが、田んぼに倒れる俺を発見。 救急車で町の病院に運ばれたらしく、目覚めると病室に。 親や親族、友人知人に「なにがあったのか」と問いつめられたものを「かなり酔っぱらっていたから覚えていない」の一言で通して。 一人になったところで、個室だったし、子供のように、ひたすら泣きじゃくった。 最愛の人を失って、悲しんでいるのではない。 俺との関係を、まわりに打ちあけることなく「責任をとって」と迫ることもなく。 お腹の膨らみが目立つまえに現実世界から去っていったことに、むしろ胸を撫でおろして。 どこまでも卑しい、そんな自分が、哀れでしかたなかったものだ。
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