猫又はロボットを愛して人を正そうとする

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猫又はロボットを愛して人を正そうとする

【猫又(ねこまた)】 猫が化けた妖怪。 山の中に住む獣と、人の家に飼われて年老いたのと二種類がいるとされている。 尻尾が二股に分かれていることから猫「又」と呼ばれている説のほか、重複や猿の意味の「また」「爰」説もあり。 老いた猫の背の皮が剥けて垂れさがるのが、尻尾に見えるからという由来もある。 わたしの働くショッピングモールに警備ロボットが試験的に導入された。 四角形のどっしりとした機体で四つの車輪で走る。 正面にディスプレイがあり、いろいろな顔を表示。 ふだんは、にこにこして怪しい人物に相対するときは目尻を吊りあげるのだとか。 監視カメラはもちろん、赤外線カメラも搭載し、視界不良でも怪しい人の動向をばっちり撮影。 警備するついでに客とすれちがえば「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」とかるい挨拶をするし、拭き掃除もするという働き者。 表情豊かで、一丁前に愛想をふりまくからか、障害物や人をよける動作があまりにスムーズだからか、ロボットながら、命や魂があるように思えるらしい。 思ったより、客の反応が上上で「ぱとろーくん!」と子供はもてはやし「偉いわねえ」「今日もがんばってるな」とご高齢の方も、孫相手のようにかわいがってくれて。 しかも猫にも愛されているという。 導入した警備ロボットは四台で、二台が稼動し、その間二台が充電。 ただ、ショッピングモールの設備が整ってなく、屋根つきの屋外しか充電できるスペースがなく。 まあ、それはそれで天気がいい日は、ロボットが日向ぼっこしているように見えて、なんとも心休まる。 癒しを求めて、休憩中の従業員がわざわざ足を運ぶのだが、そのとき、ふらりと猫もやってくる。 高齢のようで毛がぼさぼさで、やや見た目がみすぼらしい。 重い足どりで歩きながら、鳴いてロボットにすり寄り、上に跳び乗って安心しきったように熟睡。 精密機械に動物の毛はよろしくないとは思うものを「あー和むわあ」とほほ笑ましく眺め、だれも猫を追いはらおうとせず、上司たちも黙認。 ロボットと猫の組みあわせだけでも、十分おもしろいとはいえ、さらに興味深いことが。 四台ある警備ロボットは、一号、二号、三号、四号とそれぞれ呼ばれている。 その四号にしか、猫は跳び乗らないのだ。 見た目も機能も同じで、どうして?と首をひねるところだが、いや、じつは四号は人の評判もよくて、好かれやすい。 どうやら、ほかのロボットより、人に声をかける回数が多いようで、加えて客と従業員とで心なし態度がちがうような。 客には「いらっしゃませ」にはじまり「今日は床が濡れているので足元にお気をつけを」と気づかったりとサービスマンモード。 従業員には「今日はいい天気ですね」とか「よい一日をお過ごしくださいませ」とか、どこか砕けた調子。 正確にほかのロボットと比べたり、調べたわけでないから印象でしかないとはいえ「四号はなんか愛嬌があるよなあ」「声をかけられると、なんか撫でたくなる」と多くの人が愛おしげに語るのにはちがいない。 「相手がロボットって分かっているはずなのに・・・」と考えていると、ちょうど広間を四号が通っていった。 いっしょにレジ業務をしている同僚が「あー四号くん、今日も仕事励んでいるねえ」と声を弾ませる。 「今日は体調がよくなくて・・・」と青白い顔をしていたのが「あの子からは元気もらえるよね!」と頬の血色をよくしたもので。 「分かる分かる。 ロボットとはいえ、忠実な仕事をしているのを見ると、わたしもがんばろうって思えるもの」 「そうそう!ふしぎだよねえ」と同僚と意気投合し笑いあっていたら、警備ロボットに真っ正面から向かってくる人が。 ショッピングモールの副責任者で、タブレットを睨みつけ、前方不注意のままずんずんと。 もちろん警備ロボットはよけたとはいえ、足にでも掠めたのか、とたんに「ふざけんなよ!」と怒声が。 「客に同じことをやってみろ! すぐに廃棄処分して粉々にしてやるからな!」 足を振りあげたので、つい目をすがめたものを、さすがに高額のロボットとあり、威嚇しただけのようで「ふん」と去っていった。 わたしたち下っ端にも、まめに挨拶したり、ちょくちょく差しいれをくれたり、懐が深い人だと思っていたのが・・・。 わたしと同僚は顔をあわせて、目をぱちくり。 「・・・あの子、きらいな人いるんだ」 「まあ・・・世の中、いろんな人がいるだろうけど、初めて見たね」 「あれが副責任者の本性?」と思うも、二人とも口にせず。 ロボットに罵倒する、あの印象を強く持ってしまうと、明日から副責任者にどんな顔をして、どう接すればいいのかと頭を悩ませ、対面したら変に緊張しそうなので。 気を利かせて「そういえば、聞いた?」と同僚が話題転換。 「このごろ、ショッピングモール近くの住宅街で猫の死体がいくつも発見されているんだって。 ナイフで切り刻まれた跡があって、人にやられたようで・・・。 しかも、それが初めてじゃなくて、すこしまえにも似たようなことがあったらしいよ」 「うそ、こわい・・・。 わたしは猫が苦手だけど、だからって傷つけたくないし、手をかけられたら可哀想だと思うよ。 そういえば、いつも四号に乗っている猫も心配だなあ」 「あそこは住宅街から離れているし、だいじょうぶでしょう。 まあ、犯人が範囲を広げなければ、ね。 たしかに猫はかわいそうだけど、こういう動物を虐待するのって猟奇的な殺人に発展するって聞いたことあるからさあ。 住宅街に住む人やショッピングモールの従業員も気をつけたほうがいいかも」 そうして、わたしたちが危惧したとおり、住宅街での猫殺しの犯行はつづき、しかも頻度が増していった。 ついに発展しての事件が起きてしまい。 とはいえ、殺されたのは人ではなく、ロボット。 早朝、警備ロボットを起動させようと従業員がむかったところで四号が倒れているのを発見。 鉄パイプのような鈍器でめった打ちにされたようで、ぼこぼこに。 パネルの蓋をこじ開けて、中身も鈍器で叩きつけたらしく、内臓が引きずりだされたように部品が散らばっていた。 果たして、ショッピングモールの責任者は犯人捜しをせず、レンタル会社と話しあって、この件を内密にすることに。 四号は閉店後もアルコール散布のため動いていたに、犯人が従業員なのは確実。 と分かりつつ、大事にしてはショッピングモールのイメージがわるくなると打算したらしく、わたしたちに口止めを強いた。 さらには試験運転が芳しくなかったとし、警備ロボットをすべて返却し、導入を断念するという。 警備ロボット破壊事件について、責任者の判断と処理のしかたに疑念を抱かないでもなかったが・・・。 それよりも、四号を失ったこと自体が、あまりに悲しく、わたしたちは途方に暮れたもので。 たかがロボット、されどロボット。 事件以降、しばらく何人かは虚脱したまま、一応、仕事をこなしながらも、時折はっとしたように広間を見つめたり。 なにより困ったのは、客への対応。 「四号くんどうしたの?」とすがるように聞いてくる子供たち。 「そうよね、働きすぎていたものね」「あいつと会うために通っているんだが」と労ったり、寂しそうにする大人たち。 答えに窮して「今、調整中で」とくるしまぎれに応じるも、だましているようで、また客に同調して悲しみを深めて、心が痛くてしかたない。 「四号くんに会いたかったのに・・・」と泣きそうな子供相手には、なおのこと。 「ごめんなさいね」としか応じられず、やるせなさを噛みしめながら、休憩にはいり、向かったのは充電場所。 もちろん四号の死体はとっくに撤去されているし、ほかのロボットのディスプレイは真っ暗。 電源がはいっていないようで、いつもならディスプレイに寝ている顔が映しだされるはずが。 ため息をついて近くに座り、パックのお茶を飲んでいたら例の猫が来訪。 思わずストローを噛み、立ちあがろうとして、思いとどまる。 いつも、ここで四号を眺めて癒されながらも、この猫がくれば、そそくさと立ち去っていた。 猫が苦手だからもあるが「どうぞどうぞ、二人でごゆっくり」と遠慮してのこと。 ただ、今日は好奇心が疼いて、中腰のまま観察続行。 果たして、並ぶロボットを見た猫は足をとめて、その場に座り、一歩も動かず。 なにもかも悟った顔つきをし、座ったまま、四号が倒れていたところを見つめているようで。 ああ、やっぱり、猫は四号にしか乗って眠らないんだ・・・。 あらためて、そのことを痛感し、溢れてきた涙を拭って座りなおす。 四号の最期をわたしも想像しながら、そこに視線をやり「どうして、こんなことができるんだろう・・・」と呟いたら、とたんに猫が目をむけた。 ぎくりとして、身を引いたものを、べつに襲いかかってはこず。 「あなたが、猫を苦手なのは、わるいことではないわ」と老婆のような声音と、穏やかな口調で語りかけてきた。 「猫を人より下等だと思わず、自分と同じように命と魂がある生き物、それ以上の神秘的な存在だと思っているんでしょ? ほんと、人ってふしぎよね。 自分以外の生命や、物にさえ血が通っているかのように見たり、接するんだから。 実際、対象に命や魂があるかは、たしかめようがない。 不確かなら、無価値なものと認識したほうが、なにかと便利なのに。 そうすれば、生命を殺して食べるのに罪悪感を負ったり、いちいち感謝しなくてもいい」 そりゃあ、急に猫が口を利いたのにびっくりしたとはいえ、その内容に聞きいってしまう。 「長生きする猫は化ける」と聞いたことがあるし、尻尾が裂けたように二つになって揺らしているのも、さほど気にせず質問。 「不便なのに、じゃ、じゃあ、どうして人には、そんな能力が備わっているの?」 「たぶん、仏や神があえて与えたのよ。 『枷』としてね。 もしかしたら人はもともと底知れず、おそろしい存在なのかもしれない。 自分以外の生き物にはどこまでも残酷になれて、命を奪うときは歯止めがかからなくなる・・・。 食べる以外の目的なしに、無意味に虐殺する危険性があるんじゃないかしら。 それを抑えるために、自分以外の生き物、物にさえ、心があると思いこむ能力が備えつけられた。 ただ、その能力は、あくまで抑制するもので、危険な一面は消えずに潜んでいる。 だから、なんらかの理由で『枷』を持たない人は原始的な暴力性を露わにしてしまう。 つぎつぎと刃物で猫を切り刻んだり、ロボットを叩きのめしたり」 猫の見解ながら、絶望感を覚えたわたしは「そ、そんな・・・」と自分を抱きしめて震える。 「そしたら『枷』のない人を止めようがないじゃない。 人道を解いてもむだだし、たとえ捕まったとしても反省しないだろうし。 わたしは・・・わたしは猫が苦手でも、あなたを傷つけられない。 あなたに刃物をふれば、自分も切りつけられて血を流すように思えるから。 四号に対しても同じだし。 そういう感覚が欠如しているのでしょう、猫殺しとロボット殺しの犯人は。 なんの気がねなく、自分以外の命や物を壊し放題だし、わたしたちはやられっぱなしで悲しむしかないのね・・・」 「四号」と口にしたら、それまで飄々としていた猫が、かすかに頬を引きつらせたような。 が、わたしが鼻をすすったなら「犯人を止める方法がなくもないわ」と口角を高々と上げて妖しげな笑みを。 「自分以外の生きものや物に魂を吹きこむ、人のような能力は、わたしにはないけど、四号はかけがえのない存在だった。 正直、同種が殺されても敵討ちしたいとは思わない。 でも、四号を殺して痛くも痒くもないという人間は許せない」 話しているうちに、炎のような気迫が体から立ちのぼり、思わず見あげたわたしは錯覚を。 人を丸飲みできるほど巨大になった猫が、わたしに鼻先を近づけ、ぎらついた目をして舌なめずりしているような。 「食べられる!」と悲鳴をあげて、顔のまえに腕をかざしたものを、ふっと圧迫感がなくなり。 おそるおそる腕をおろせば、一つにもどった尻尾を立たせて、優雅にふりながら去っていく猫が見えたもので。 以降、どうも落ちつかず、ちょくちょく充電場所に顔をだしたものを、猫の来訪はなし。 一週間経ち「もう二度と会えないのかな」と思った矢先、猫殺しが横行していた住宅街で、人の惨殺死体が発見されたとの一報が。 なんでも全身くまなく刃物で切り刻まれていたらしく、猫の殺し方と似ていたに「とうとう人間に飛び火を・・・!」と震えあがったものだが、なんと、その被害者が猫殺しの犯人だったという。 警察が家を調べたところ、猫の血がついた複数の刃物、殺す過程を撮った動画が発見されたのだとか。 さらに仰天したのは、被害者であり犯人の正体は、ショッピングモールの副責任者だったこと。 そう、まえに四号とぶつかりそうになり、癇癪を起して喚きちらしていた人だ。 「まさか四号も彼が・・・」と従業員の多くは考えただろうとはいえ、へたに噂にはせず。 というのも、警備ロボットの導入が決定されたから。 従業員が、近くの住宅街で迷惑をかけたのだから、当然、ショッピングモール側はお詫びをしたし「これからは治安維持に協力するし、自分たちも努力する」と約束。 その約束が本気であると証明するため、一回はおじゃんにした警備ロボットを置かざるをえなくなったわけだ。 おかげで、今では六台の警備ロボットが稼動。 とはいえ、充電場所は相かわらず野外で、一台増えて三台が並ぶ光景が日常に。 たまに、わたしは見にいくが「やっぱり四号ほど彼らに愛着を持てないな」と我ながら不思議に思いつつ、実感する日々。 ちなみに、言葉を交わしたのを最後に猫を見かけていないし、その来訪を耳にすることもなく。 おそらく、切り刻まれた死体がどこかにあるだろうが、見つからないまま自然に還ればいいと思う。
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