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袋を担いでさ迷う雨女に子供への愛を語ってはならない
【雨女】
雨を降らせる妖怪と知られているが、逆に旱魃(かんばつ)で困る人に雨を降らせて助けたり、遊郭を風刺するものだったり、子を失くした女、噛みが堕落した成れの果てとされていたり諸説あり。
その女性がいると雨が降りやすいといった場合に、そう呼ぶこともある。
彼女は「雨女」と呼ばれていた。
どこに居ても、どこに赴いても、かならず雨が降ってきたから。
しかも雨が降りだすと、誰かに呼びよせられるように、ふらりと消えてしまう。
そうやって去るときは理由を口にせず「ごめん」の一言もなく、止められても聞く耳持たず、腕をつかまれても相手を引きずるように歩いていく。
もどってきたところで、晴れやかな顔をし「急に抜けだして心配したじゃない!」と怒っても、やっぱり謝らず「どこに行ったの」「なにしてたの」と聞いても、完全黙秘。
さらに謎めいていることには、いつも大きな白い袋を持っていて。
サンタクロースが担いでいるようなものだ。
そばにいれば、たびたび雨に打たれるし、そのたび失踪されるし、結婚式でも葬式でも薄ぎたない白い袋を持っているし。
これらの欠点があれば、まともに社会で生きていけないように思うが、彼女の夫は資産家で、彼女を寵愛していたから。
まわりに「雨女」として見なされ、疎ましがれ、不気味がられても、食うに困らず、のらりくらり日常を送っていた。
まあ一応、資産家の妻なので、たまにセレブな奥様方の集まりに呼ばれ、意外にも彼女は断らずに、まめに顔をだしていたもので。
その日のお茶会では、主催者の女が、よく彼女に話しかけていた。
といって、ほとんど自慢話で、相槌を打つばかりでいたのが、ふと質問されたことには。
「そういえば、あなた、お子さんいないんじゃなかったかしら?」
一呼吸あけて、彼女は首肯。
とたんに、前のめりになって「あーら!だから暗い顔をしているのね!かわいそーに!」と云いつつ、すぐにふんぞり返り、にんまり。
「子供はこの世でいちばん、すばらしいものだわ!
だから、子育てはまったく苦でないし、逆に子育てをさせてくれてありがたいって子供に感謝したいほどだもの!
だって、こんなに生きるよろこびを、わたしに与えてくれたんだから!」
「なんて、すてきな考え方なの!」
「比べたら、わたしは・・・!すこしでも見習いたいわ!」
「目から鱗のような崇高な教育論ね!もっと聞かせて!」
一斉にまわりが囃したてるなか、無反応の彼女。
鼻息荒く教育ママが「あなたも早く子供を作ったほうがいいわよ!」と畳みかけようとしたとき、にわか雨がざあっと降りだし、窓に水滴が散って。
直前まで、燦燦と陽光が差していたのが、とたんに影に包まれ肌寒くなる室内。
「雨女」の噂を知るマダムたちが息を飲み見守るなか、窓を見ながら、やおら立ちあがる彼女。
扉に吸いこまれるように歩きだしたのを、教育ママが腕をつかんで「ちゃんと現実と向きあいなさい!」と叱りつけるように説得を。
「あなた、流産したって聞いたわよ!
辛いあまり、現実逃避をしているんでしょうけど、子供をあきらめちゃだめ!
あなたには、わたしのように、子育ての幸せを噛みしめて、もっと女として輝いてほしいのよ!」
いつもなら、教育ママを椅子から引きずり落としてまで前進する彼女が、ぴたりと足を止めた。
教育ママの声が胸に響いたかと思いきや、振りかえって告げたことには。
「その子は、幼稚園の学力テストで一等になれなくて『わたしに恥をかかせて』とゴルフクラブで胸やお腹、背中、お尻を叩かれた。
それから、一日、食事を抜かれて、部屋に閉じこめられて、今は泣いている。
子供が泣くと、雨が降って、わたしに知らせてくれるの。
その子を楽にしてあげるために、迎えにいってあげないと」
白い袋を握りしめるのを見て、彼女の云わんとしていることを悟った教育ママは「そんな!やめて!」と叫ぶも「あなたも望んだのでしょう?」と一笑に付されて。
「『おまえなんか生みたくなかった』って。
だったら、いいでしょう。
生みたくても生めない体になった、わたしにくれたって」
部屋がざわつき、教育ママは口を開けたまま、放心。
「それとも、その発言撤回する?」と聞かれても、うんともすんともなく、腕から手をはなしたに、雨に誘われて彼女は去っていった。
翌日、息子を虐待死させた容疑で、あの教育ママが逮捕。
偉そうに教育論をひけらかしていたのに、まんまと騙されて、彼のSOSに気づけなかったことを多くの大人たちは悔やみ悲しみ。
ただ、棺桶を覗いて「せめて死に顔が安らかで、よかった・・・」とすこしは救われた思いがしたという。
ちなみに例の彼女は葬式に出席しなかったが、それでも噂の的になって。
「あの日、もどってきたとき心なし白い袋が膨らんでいた」と。
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