痩せるゼリーを食べつづけるわたしを逆柱は放っておけない

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痩せるゼリーを食べつづけるわたしを逆柱は放っておけない

【逆柱(さかばしら)】 日本の木造建築関連で語られる俗信。 家鳴りを起こしたり、火事などの災いを起こしたり、柱が妖怪になったり、声を発したりする。 不吉な存在とされる一方で、魔除けとして使われている場合も。 わたしは昔から目標を決めて、その達成をしつづけてきた。 モデル業をしている今も世間が求める理想の女性像を体現しようと努力を怠らず。 目標に定めた体重や体型を維持するのに、きびしい食事制限やトレーナーの指導による過酷なトレーニングをこなす日々。 分刻みに組まれたスケジュールを、すこしも予定を狂わさずにこなして、おかげで目標のスタイルをキープでき、モデル業も順調。 が、年をとるにつれ、体の制御がままらなくなり。 どうしても目標まで、あと二キロを落とせなくなった。 不摂生したわけでなく、いつものメニューを愚直にこなしているにも関わらず。 より節制を心がけたところで、体重計の値は微動だにせず。 目標を達成できず、途方に暮れるなんて生まれて初めて。 しかも、どれだけ努力しても報われないとなれば、歯がゆくてたまらず、寝不足になるほどノイローゼに。 「目標に至っていない醜い体で、とても人前にでられない!」と仕事を休み、なんとか打開策を得ようと、一日中パソコンい齧りついてネットサーフィンを。 果たして見つけたのは「痩せるゼリー」の存在。 ダイエット食品は世の中に数多あれど、この商品はすこし毛色がちがう。 広告で使用者が「効果抜群!」と喧伝しながらも、たいては見えるか見えないかの小さい文字で「食事制限や適度の運動をした結果です」と書かれている。 そんなダイエット食品宣伝あるあるが、痩せるゼリーにはなし。 「これを食べるだけで食事を減らしたり、とくに運動もしていないんですよ!」 動画で使用者はそう語り、五キロ痩せるまでの一週間を撮影して、その詳しい経過を見せてくれているし。 といって、誇大広告をしている可能性も。 その点を疑ってネットで調べても、行政から注意をされていないようだし、使用者からのクレームもなさそう。 まあ、あまり使用者の商品を褒める感想や意見もないのが気になるが・・・。 「いや、小さい文字でせこく予防線を張る商品より、賭ける価値がある!」と腹をくくって購入。 早々、翌日に届いたのを食べたところ、味がまずいったらなくて。 吐き気がこみあげるのを堪えて飲みこむも、なぜか、どっと全身から汗が噴きだし、ひどい眩暈が。 耐えられずにベッドに倒れて失神するように熟睡。 目が覚めても、まだ胸がむかむかしていたが、体重計に乗ったところ、なんと○.二キロ減。 いくら食事を控えても、トレーニング量を増やしても、二キロの壁を破れなかったのが! 歓喜したわたしは、まずかろうが、目が回ろうが、痩せるゼリーを食べつづけて着実に体重を落としていった。 「このままなら二キロ減もすぐだ!」と思い、仕事を再開。 意気揚々と仕事をして、モデル仲間と盛りあがったまま、わたしの家でかるいパーティーを開催。 「今日だけは羽目を外す!」と豪快に飲み食いする若い子たちを、ほほ笑ましく眺めながら、わたしは計画通りにセーブ。 「ワインがもうないわね、とってくるわ」と廊下にでたところで、同期のライバルにばったり。 お互い腹に一物がありつつ、彼女は「いいお家ね」とお愛想を。 「セキュリティが万全なマンションだけど、内装は木のつくりで温かみがあるし。 わたし大工の娘だから、木の素材のよさは分かるのよ」 そばの柱を撫でて褒めつつ「あれ?でも、これ・・・」と小首をかしげる。 「逆柱じゃないかしから?」 「逆柱?」 「ふつう柱って、木が生えている方向と同じに立てるものなの。 でも、この柱みたいに、木の根っこのほうが上にくるよう立てたのを逆柱という。 昔はこれに忌まわしい印象を抱いたみたい。 逆柱があると家鳴りがしたり、怪奇現象が起こるといわれた。 夜な夜な不吉なことを語りかけてきた、なんて伝承もあるんだって」 「へえそうなんだ。でも、今どきねえ?」と真に受けなかったはずが、その夜、早速、逆柱の声を。 夢か現か、夜の間中、だれかが恨みがましく「ああ、ウンコがしたい」「ウンコがしたくてしかたない」と呟きつづけるのだ。 起きれば、聞こえなくなるが、トイレにいっても排便はできず。 幻聴にしろ、怪異にしろ、どうして排便をうながすのかは謎なれど、思ったより、同期のライバルの話に影響を受けたようで。 仕事中も「ウンコがしたい」と辛そうに絞りだす声が耳から放れず、落ちつかないで何回もトイレへ。 それでも、人まえでは気丈にふるまったものを、すれちがったスタイリストに「ちょっと、きてもらえます?」と人気のない場所につれていかれた。 「どうか、これを使ってもらって」と渡されたのは香水。 「あの、その、いいにくいんですが、体臭がちょっと・・・。 まあ、わたしは鼻が利くほうで、ほかの人は気づかないかもしれませんが、一応」 彼女に指摘されて、やたら、おならがでるのを自覚。 「これも逆柱の呪い?」と慄いたのと、体臭とおならが放っておけなく、仕事を早退。 またしても夜に、さんざん排便をうながされて、そのプレッシャーに「いくら乞われても、でないのよ!」と耐えきれず、ついには家を跳びだした。 ホテルの部屋にはいり、ほっと一息ついて、やや空腹感を覚える。 もちろん夜中の飲食はご法度。 あと、もうすこしで二キロ減の目標に達するとなれば、ここは踏ん張りどころで、痩せるゼリーを口内へ。 が、いつにも増して、頭がくらくらとし、異常に鼓動が早まって、全身に冷や汗が垂れてやまず。 すこしもせず呼吸困難になり、床にへたりこんで、なんとか息を整えようとするも、そのまえに意識が飛んでしまい。 目覚めたのは病室。 看護師に呼ばれて顔をだした医者は「あなた、長いこと便秘だったんでしょ」と眉間に深い皺を。 「運ばれてきたとき、変な体臭がしたから腸を調べたんです。 そしたら見るに堪えないほど、よごれていました。 もしかして便秘というか、ここ数日、まともな食事をしていないのでは?」 ほぼ痩せるゼリーしか口にしていなかったに、ぎくりとしながらも「ど、どうして食べないと腸がよごれるんですか?」と質問。 「ものを食べるというのは栄養をとるだけでなく、体を掃除するためにすることなんです。 栄養を吸いとった食べかすは腸に流れていく。 そのとき老廃物や悪玉菌をくっつけながら、長い腸をすすんでいき、排出される。 そうやって掃除をするには、ある程度、質量のものを食べる必要があります。 ご飯を食べずにサプリメントで栄養をとるだけでは、その機能が働かないんです。 食べかすが小さすぎて、老廃物や悪玉菌をくっつけられないんで。 もちろん老廃物や悪玉菌が体内にとどまれば、体調がわるくなり、重い病気にかかる危険もある。 前兆として、おならが止まらなくなったり、体臭をきつくなります。 体内の腐臭が漏れている証拠、今のあなたの状態。 まあ、あなたはまだ、運がよかった。 ダイエットに走りすぎて取りかえしがつかなくなった人は大勢います。 看護師がいうには、あたなはモデルだそうですが、いくら仕事のためでも、必要以上に食事を控えないで。 食べる分だけ、体内が掃除されて腸の健康を保てると意識してほしいです」 医者の言葉が耳に痛すぎて、痩せるゼリーのことは、とても口にできず。 そのあと冷静に考えてみれば、ゼリーに効能があったわけではないのだと、今更、気づいて。 あまりのまずさに食欲が失せて、ここ五日はほとんど飲食をせず。 だから、当然のごとく体重が減ったに過ぎない。 「そんなことも分からなかったなんて・・・」と自分の愚かさに呆れつつ、憑き物が落ちたようにぼんやりと病室で過ごしていたら見舞客が。 逆柱の怪談を語った同期のライバル。 彼女のせいで「ウンコがしたい」とひたすら乞う怪異に悩まされたわけだが、結果的にはよかったのかも。 そう思うも、彼女は「なんだか、逆柱の話をした直後だったから落ちつかなくて」と申し訳なさそう。 「だから、お詫びというか、逆柱について、いい話もしようと思って。 じつは日光東照宮とか、あえて一本だけ逆柱にしている建築物があるの。 逆柱は魔除けになるって、いいつたえによるもので。 昔は『完全なものは却ってよくない』って考えたらしい。 完璧になったら、あとは崩壊するだけってね。 江戸時代は、家を建てたら、瓦を三枚外したっていうし」 わたしを励ますためか、快活に話していたのが、ふと目を伏せて「嫉妬もあったのかもしれない・・・」とぽつり。 「あなたは、いつも目標を掲げて、それを達成し、どこまでも高みを目指していた。 挫折したり、妥協することがなく、完璧に見えたから、つい妬ましくて逆柱の話を・・・」 「でも、こういっちゃなんだけど、あなたが倒れたことで完璧な像が崩れて、すこしほっとしちゃった」と冗談めかしていうのに、不思議とむっとはせず「わたしも、なんだか気がぬけた」と笑えたもので。 一週間後、退院の準備をしていたら、テレビに流れるニュースが目に跳びこんできた。 なんと、あの痩せるゼリーを輸入販売をしていた外国人が捕まったという。 使用者が体調不良を訴えたり、わたしのように倒れて入院したりで、警察沙汰になって御用になったとのこと。 あらためてゼリーの成分を調べたところ、危険な薬「シブトラミン」が含まれていたらしい。 通称、痩せ薬、つまり食欲抑制剤。 アメリカやヨーロッパで販売されたものを、健康被害が続出したことで中止に。 日本では申請されるも却下され、販売は禁止されている。 気になってネットで調べたところ、わたしが購入するきっかけになった動画配信者は、どこにも見当たらず。 と思いきや、逮捕劇から二日後、自宅で彼女の死体が発見されたとのニュースが。 ミイラのようにやせ細った彼女は、死後間もないというに鼻がもげるような腐臭を漂わせ、痩せるゼリーの山に埋もれていたのだとか。 「わたしのもう一つの未来だったかもしれない」と震えながらも、早く帰宅し「ウンコをしたい」としつこく懇願した逆柱を拝みたいと思ったものだ。
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