ふらり火は行き場のない者を空に誘う

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ふらり火は行き場のない者を空に誘う

【ふらり火(ふらりひ)】 犬のような顔をしつつ、鳥の体をした妖怪で炎に包まれている。 またインド神話の鳥神と似た顔が描かれているのもある。 由来や伝承などがなく、どういった妖怪なのは定かではない。 一説では、供養されなかった死者の成れの果といわれている。 わたしの彼氏は、大の犬ばか。 会社勤めをしながら、動物の保護団体に所属し、日日、活動にまい進している。 わたしも犬が好きだったし「これだけ犬を慈しむ心があり面倒見もいいなら、いい夫、いい父親になれるだろう」と惹かれて、彼と結婚を前提に交際中。 週末には二人で施設にいき、犬の世話しながらいちゃつくなどして、順調に愛を深めていったのだが。 あたらしい犬がきて、彼に任されることに。 雑種のこの犬は「ふらり」という変わった名で、見た目も一風、変わっていた。 全身白い艶やかな毛並みをし、目の色素がうすく、耳のなかも鼻も肉球も尻の穴も白っぽい。 血統書つきでないものを、価値が高い犬のように見え、いや、それ以上の存在、崇拝の対象になりそうなほど神秘的な雰囲気をしていた。 しかも、躾がなっていて、従順でしおらしい、いい子ちゃん。 いやいや、いい子ちゃんの度を越えているだろうか。 日本語が通じているかのように、人の話の理解度はとても高く、心が読めているかのように、とんでもなく察しがいい。 まるで犬の皮をかぶった人間のようで、わたしは不気味がったが、彼はすっかり、ふらりの虜に。 そもそも会った瞬間「一目惚れだ!」と頭を沸騰させて跳びあがり、わたしを口説いたときより、よほど情熱的にアプローチ。 世話をするというより、女王さまに奉仕するように恭しく接して、その間は、どれだけ呼びかけても、くっついて胸を押しつけても、わたしに見向きもせず。 そのうち会社にいく以外のほとんどの時間を、ふらりとの逢引に費やすようになり、わたしと施設以外で会わなくなったし、連絡もとことん無視。 このままでは、会社にもいかなくなるのでは・・・? 未来設計がおじゃんになるのが不安だったわたしは、彼とふらりを引き離す計画をひねりだした。 保護団体の施設には夜から朝にかけて宿直が一人いるだけで、さすがに会社勤めの彼も、徹夜して入りびたることはない(金、土を除いて)。 そのときを狙って担当に気づかれないよう、早朝、施設に侵入し、ふらりを誘拐。 車に乗せて隣の県までいき、住宅街の真ん中にある公園、そのブランコのそばに「待て」と命令をして置きざりにし、帰宅。 家で待機することしばし、思ったとおり「ふらりが脱走した!信じられない!」と彼が久しぶりに自ら連絡をしてきて、泣きついた。 号泣する彼に請われるまま、あたりを探しまわり、またネットに写真や動画を公開して「見かけたらご連絡を」と呼びかけ。 特徴的な犬なので、すぐに反応があり、隣の県から「今、うちで預かっています」と一報が。 ふらりが公園にお座りしていたのを子供が見つけて、つれて帰ってきたという。 「うちで飼いたい!」と駄々をこねたとはいえ、まずは飼い主がいないか確認するため、近所を尋ねまわったり、ネットで「この犬を知りませんか?」と情報を提示したのだとか。 その最中にちょうど、わたしたちのネットの呼びかけを知り、連絡をくれたというわけ。 そりゃあ、彼は一報を聞いて、猪突猛進に迎えにいこうとしたものを、保護団体の代表が待ったをかけた。 団体の活動目的は保健所いきになりそうな犬を一時的に預かり、里親を見つけること。 日日、里親探しに苦心しているだけに「ふらりを保護してくれた家が、里親にふさわしいのでは」と考えたのだ。 里親になるには審査がいるものの「飼い主がいないか、きちんと探してくれたし、写真や動画を見るかぎり、犬を飼える環境が整って、なにより大切に保護してくれているから大丈夫でしょう」とのこと。 「これも縁だから」とどんどん話を押しすすめる代表には、べつの思惑もあったのだろう。 というのも、このごろ、彼が頭痛の種だったから。 彼がふらりを溺愛するあまり、自分の立場を忘れ「繊細な性格をして扱いにくい」「重い病気にかかって多額の医療費がいる」と嘘をついてまで、里親候補を追いかえしていたし。 また異常に嫉妬深くあり、彼以外の人がふらりを世話をすると「ふらりさんを触るな!」と殴らんばかりに食ってかかってトラブルが多発。 この二つの問題を持て余していたので、彼とふらりが離れているうちに、このまま、べったりの関係を断たせようと考えたのだと思う。 もちろん、彼は死にもの狂いで抵抗したものの、ふらりがそばにいなければ、いつもよりは冷静で。 もとより抜群に飼いやすい性格をしたふらりに、里親にだせない理由はなかったし、代表には嘘も屁理屈も通じないとあって勝ち目はなく。 「いっそ、彼が飼えばいいのでは?」と思うだろうが、すでに三匹が家にいて、増やすことを保護団体は許さず。 三匹の里親になった際「最期まで面倒を見る」と誓ったからに、手放すこともできず。 「分かっているだろ?きみは、ふらりを施設でしか面倒を見ることができない。 そのうえで、手放したくないと思ったら、ふらりは一生、飼い犬としての幸せをつかめないんだよ」 「それでも、いいの?」と代表に脅されるように問われて、ついに彼は泣く泣く折れたもので。 そのあとも、かわいそうなことに「里親さんを困らせたり不安にさせたくないから、しばらくは会いにいくな」と釘を刺され、別れの挨拶をすることもできないで。 最後の最後まで「俺から、ふらりさんを奪うな!」と彼はあがいたものの、里親の手つづきが済んだら、魂がぬけたように意気を失くし、寝こんでしまった。 そりゃあ、彼女たるわたしは献身的に彼の看病と犬三匹の世話を。 「いいのよ、しっかりと心を休めて」「どれだけでも悲しめばいいわ」とひたすら同情して慰めながらも、内心は浮き浮き。 これで、ふらりに奪われていた彼の心を取りもどせる・・・! この看病をとおして、彼はきっと「いつ去るとも知れない犬より、ずっと寄りそって支えてくれる恋人のほうがいい」とわたしのありがたみを思い知るはず。 そうして、犬の保護活動をやめるか、まえよりは熱をいれなくなり、現実的な自分の幸せをつかむことに関心をむけるようになって結婚にゴールイン! 手にとるように、その筋書きを思い描くことができ、このまま結婚にまっしぐらなものと疑わず、浮き足立ちながら看病に精をだしていた。 の、だが。 彼が、ふらりと飼い主一家を殺した。 警察官曰く、まえから、ふらりの飼い主一家から相談をされていたという。 一家がふらりの写真や動画をネットにあげ、日記をつけていたのに対し、コメント欄で、やたらと飼育法にけちをつける人がいたのが、はじまり。 それが、どんどんエスカレートし「動物虐待をする偽善者め!」「犬を利用して儲けようとする金の亡者!」と無根拠に侮辱するようになり、ついには「散歩するとき、背後に気をつけるんだな」と冗談でなさそうな脅しも。 コメント欄を閉じても、メールを送ってくるので警察は「とりあえず更新をやめて、アカウントを消すか、非公開に。メールアドレスも変えて」とアドバイス。 「それでも、誹謗中傷や脅迫をしてくるなら、また知らせてください」といったところ、そのあと、一家はそのとおりにしたのか、警察に連絡してくることなく。 「てっきり、解決したものと思っていたんですけど・・・」と警察官はため息を吐きつつ「彼のようすは、どうでしたか」と聞いたが、わたしこそ頭を抱え、ため息を吐きたくなった。 寝こんでいた彼が、飼い主一家をネットでストーカーしていたなんて、まるで気づかなかったから。 まあ、わたしに気取られないよう、かなり隠密にしていたのだと思う。 わたしが知れば、代表にチクるだろうと考えてのこと。 ふらりと引き離されたときのように口を挟まれたくなかったのだろう。 それにしても、ふらりに対して病的に嫉妬深い彼が、一家のストーカーになるのは考えられなくもなかった。 一家が写真や動画を公開するのを不倫を見せびらかしているかのように彼は捉えただろうし。 さんざん、腸が煮えくりかえる思いを噛みしめた挙句、突然、ふらりの情報がネットから消えれば「また、俺から奪うのか!」と逆上するだろうし。 「彼は犬のことで一家に嫉妬したのでしょう」と動機について語たったものを、警察官はぴんとこなかったようで。 首をひねりつつ「そうですか」と応じて「じゃあ」と質問を。 「どうして、犬まで殺したんでしょうか? にっくき邪魔者の一家を排除しようとするのは分かりますけど、愛しい犬をつれて逃げなかったのは、どうしてですかね?」 彼と離れ離れになっても屁の河童のように、一家と円満に暮らすふらりが許せなかったからだ。 施設にいたころは、わたしにさえ嫉妬して「どうして、きみは、だれにでも尻尾をふるんだ・・・!」とふらりを責めて大泣きしていたほどなので。 そのことを話しても、やはり警察官は「理解にくるしむ」とばかり顔をしかめたとはいえ、彼はもう逮捕されていたし、事情聴取はそれで終了。 が、警察から解放されたのもつかの間「犬による嫉妬から一家皆殺しにした犯人の恋人」としてマスコミに嬉嬉として追われ、仕事を辞め、引っ越しをせざるをえず。 おまけにネットでわたしの顔と名がさらされ、しばらく家からでることもできず。 そうして、この騒動に巻きこまれているうちに「この年まで結婚したい!」との時期が過ぎてしまい、いや、だからといって結婚どころか、恋愛する意欲は湧かなかった。 そりゃあ、そうだろう。 結婚しようと思っていた恋人が一家皆殺しをしたとなれば、男性不信にもなるし、しかも、わたしが関わってなくもなかったから。 彼が殺人に走ったのは、わたしが、ふらりとの仲を裂こうとしたせいでもあって・・・。 事件の騒ぎのほとぼりが冷めても、すっかり精神的に病んでしまったわたしは、まともに働くことができず。 生活がくるしいうえに「もう、一生、結婚できないかもしれない」「でも一人で生きていくのにはお金が足りない」とマイナス思考に陥って、思いつめるばかり。 ただ、ある日、近所を散歩をしているとき思いがけない転機が訪れた。 歩道を歩いていると、向かいから犬が走ってきて。 人懐こかったので、首輪をつかみ、宥めたところ、同じ方向から飼い主の中年男性が登場。 外の飼育小屋から脱走したとのことで「いやあ、ありがとうございました」と頭をさげて帰っていった。 日常のなんでもないできごとだったが「あの犬、珍しい犬種に思えるな」と帰宅してからネットで検索。 調べた結果、あの犬は今、流行りの大人気ミックス犬であり、かなりの希少価値があるという。 近ごろ、取り引きされた額を見て、目を眩ませたわたしは、翌日、近所を歩きまわって、あの犬を飼う家を探した。 犬と会った近くの家と発覚し「昨日、見かけてかわいいなと思って。できたら、あらためてワンちゃんを見せてくれませんか」と訪問。 快く迎えてくれた飼い主が、見せてくれたのは四匹の子犬。 わたしが会ったのは成犬だったものを「あの、昨日のワンちゃんは?」と聞かず。 おそらく飼い主は、免許を持たない悪質なブリーダー。 愛好して飼っているように見せかけ、商品である子犬を手元におきつつ、成犬のメスとオスを家の敷地のどこかに隠しているのだろう。 そう見こんで、飼い主をへたに刺激しないよう、話をしながら探りをいれ「かわいいワンちゃんを見せてくれて、ありがとうございます」とそ知らぬふりをして帰宅。 家で一旦、落ちついて「これは金儲けのため、虐げられている犬を救うため」と自分にいい聞かせて、犬救出作戦をすすめることに。 決行日の夜、飼い主の家の敷地に侵入して、事前につけておいた目印をたよりに、成犬のオスメスがいる飼育小屋へ。 セキュリティががばがばだったので難なく犬舎にたどりつき、格子の扉を開けようとしたところ。 背後から、赤赤とした明かりが。 てっきり、飼い主がランタンでも持って、犬舎を見にきたのかと思ったのが、ふりかえると、おおきな火の塊。 その炎のなかには、光沢のある白い毛並みをきらめかせる、ふらりが。 炎に包まれながらも、体は燃えていなく、自ら火を噴きだしているよう。 口を開けたまま硬直する、わたしのうしろから、二匹の犬がけたたましく吠えたて応戦するように、ふらりは火を燃えあがらせた。 目のまえに炎が迫って「ひい・・・!」と跳びすさって尻もち。 火傷はしなかったものを「あの二匹は!?」と犬舎を見やれば、二匹とも、ふらりと同じように炎をまとっていて。 なにがなんだか訳が分からず、つい問いかけるように顔を向けたら、逆に物言いたげに見つめかえす、ふらり。 白い毛を輝かせながら、燃え盛るさまは、ひどく妖しげであり、且つ、あまりに神神しく。 ふらりは注視をするだけで、なにもしてこなかったものの、罪悪感に苛まれたわたしは「ご、ごめ、ごめんな、さ・・・!」と泣きじゃくって、逃げていったもので。 家に帰ると、布団をかぶって、ひたすら震えながら、スマホで地元のニュースや火事についての目撃情報を血眼になってチェック。 飼い主の家の敷地内が火事になったらしいとはいえ、すぐに消されて大事にはならなかったという。 ただ、飼い主が「犬舎が燃えてしまった!犬たちはどこだ!?」とパニックになって訴えたと。 消防士が犬舎があったところを調べたなら犬の死体は見つからず。 今も犬の行方が知れないとのことだった。 その手がかりになるかは分からないが、火事を目撃した人が、摩訶不思議な写真を撮っていて。 火柱があがる、その先に火の玉が三つ、月にむかって飛翔しているような。 目撃者がいうには「炎のなかに、なにかいるようで翼みたいのが見えた」と。 そのコメントを読んで、脳裏にまざまざと浮かびあがった光景。 翼のある犬が三匹、俗世から解き放たれ、炎をあげながら夜空を舞うさまは、切なくもあり美しくもあった。
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