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「ただいま~」
玄関を開けると同時、ぽっ、と暖色のライトが点く。その光りを浴びながら靴を脱ぎ玄関を上がりつつ、もう一度「ただいま~」と言いながらリビングへと続くドアを開けた。
「ん、おかえり」
テレビの前に置かれたソファに座りバラエティ番組を見ていた森角が気の無い返事をする。こちらに、ちら、とも目を向けてこず。
「ちょっとちょっと~。愛する恋人の帰宅だよ? 裸エプロンでとは言わないけど、笑顔で迎えてくれてもいいんじゃない?」
森角の視界を遮るようにテレビの前に仁王立つ。森角の柳眉がしなり、赤く色付く唇から盛大な溜息が零れた。
「毎回んな事出来るか。それより邪魔。どいて」
しっしっ、と犬を追い払うような仕草まで。ちぇっ。本当に塩対応なんだから。
大人しくテレビの前から退くも、その代わり森角の隣に腰を下ろした。そのままこてんと細い肩に頭を預ければ、迷惑そうな目を向けられるも一瞬で、小さく息を吐く気配。
「早く着替えて来いよ。スーツ、皺になるぞ」
「もう少しだけこのままいさせて~。……あのさ、森角」
恋人の優しい香りを堪能しつつスーツのポケットを探る。今日はこれを渡そうと決意してた。これからの俺たちの為に。
……あれ?
ぽんぽんとポケットを叩くも、掌に感触は伝わってこない。外ポケット内ポケット両方に手を突っ込むも、生地の感触のみ。
「あれ?」
頭を上げ、声を出しつつスラックスのポケットまで探るも結果は同じ。バッグの中に入れたかな? と中身を出し逆さまにして振ってもみる。だけど結局埃しか落ちてこなかった。
「日呂、何してんの?」
森角が小首を傾げつつ見てくる。くぅ~っ。そんな姿も可愛いぜ! って、そんな事よりっ。
「いや、えっと~……その~」
サプライズにするつもりだったから言えるわけない。そもそも物が無いのに言っても仕方がない。
「日呂が探してんの、これだろ?」
そう言って、森角は小さな箱を差し出してきた。
夜色をしたベルベット生地の箱。俺がこの日の為に用意してたもの。
朝、ちゃんと持って出勤したのに、何でここに――しかも森角が持ってるんだ?
「数日前、警察から返してもらった」
……警察? 俺、何かしたっけ?
「……お前、本当に覚えてないの? だからここにいるの?」
「……え?」
じっ、と森角の目が見詰めてくる。水晶を埋め込んだかのような綺麗な瞳。そこに映る俺は驚き顔で。どろり、とこめかみを汗が伝う。
「どういう意味? ……!?」
その汗を拭った感触が気持ち悪くて思わず手を見る。やけに粘度を持った汗だなと思ってたら、そこには赤黒い血が付いてた。
「血!?」
何で!? どうして!? 焦りとともに汗――いや、血はどろりどろり、と流れてくる。
「日呂、落ち着け!」
森角の一喝に一瞬息が止まった。恐る恐る息を吐き出せば、血が流れる感触も手に付いてた血も消える。
「森角……」
「日呂、もう思い出して。あの日、お前に何があったのか」
森角の目は、今にも泣きそうに歪んでた。
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