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5 母国語で歌う神への歌
「それで、何の讃美歌を歌うんですか?」
フィオレの質問にアンゼルムは、少し黙った。
「恥ずかしいことだが、まだラテン語の楽譜しか持っていないんだ。だからラテン語から訳しながら歌う事から始めないと……」
悩むアンゼルムに、フィオレが優しく微笑んだ。
「案ずることはないと言ったのはあなたでしょう?アンゼルム。神の御下ではみな平等で、讃美歌は各々が神を讃える気持ちを表す歌なのだと。私、やってみます」
そう言うとフィオレは楽譜を持って、歌い始めた。
アンゼルムが思い描く母国語の讃美歌は、耳に優しく胸に響いた。
気づくと、涙があふれている。
自分でも、知らぬ内に泣いていた。
気恥ずかしくなったアンゼルムは慌てて袖口で涙をぬぐった。
「ああ、失礼。フィオレの歌声が素晴らしかったから。……聞いてもいいかい? なぜ、『神よ』と言うところを、『我が父なる神よ』としたんだい?」
「それは……あの……神は私たちを見守ってくださる父のような存在だと思ったからです。本当の父がいる人も、もうすでにいない人も。老いも若きも。男性も女性も。父のように受け入れてくださるのが
神だと思ったので。……失礼でしたでしょうか?」
アンゼルムは首を振った。
「そのとおりだよ、フィオレ。皆が君のように考えられたらいいのにな。とても心に響く、美しく分かりやすい歌詞に変わっていると思う。君はイタリア出身なのに、ラテン語やドイツ語も理解しているのだな」
「私たちの父は音楽家でした。私たちはあちこちのサロンや教会を回る父に着いていったので……」
「お父上とお母上は亡くなったと言っていたな」
「はい。昨年、父が肺の病にかかり、看病していた母も肺の病で両親共に亡くなりました」
「そうだったのか、申し訳ない事を聞いたな」
沈むアンゼルムに、優しく微笑みカルロが答えた。
「もう、立ち直っているから、お気になさらずに。それより、アンゼルム。讃美歌の訳はフィオレに任せればいいけれど、参拝者に歌ってもらうには、歌集となっていた方がいいのではありませんか? 人々に楽譜を配るにしても、持ち歩くにはバラバラになってしまうでしょう」
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