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1.心銀貨(こころぎんか)
僕達、銀貨人(ぎんかびと)は、人間には見えないけど、確かに存在する。
気づかないのは当然さ。
だって、ダンジョンの宝箱の中が僕らの世界だから。
開かない宝箱があったら、それが僕らの住処。
その中で、僕らは一枚の銀貨を持って生まれてくる。
それは大きいもの、中くらいのもの、小さいもの、とても小さいもの。
とても小さい銀貨を持って生まれた僕が評価される為には、他の人に少し譲ってもらうしかない。
強引な方法もなくはないけど、盗んでまで大人になりたくはなかった。
でも、盗むこと自体は許された世界だった。
譲ってもらうことも盗むことも許された世界にも禁じられたことはあった。
それは他の人の銀貨を傷つけることだった。
僕らは集めた銀貨の数だけ、大人になったり子供になったりするけど、銀貨を割られた人間は、それが出来なくなる。
大人になる楽しみも、子供に譲る余裕もなくなった銀貨人は、そのうち狂って死んでしまうらしい。
とても小さな銀貨を持って生まれた僕は、七年経っても赤子の姿だった。
だから抱っこされたり、もちもちのほっぺをつつかれたり、ちょっと尖った耳を引っ張られたり、目じりのあがった大きな赤い瞳は、よく穴があくほど見つめられた。
僕は自分の足で立って歩きたかったから、銀貨を少しでも譲ってほしかったけど、みんなは僕に赤子のままでいてほしいらしい。
「コギンカくん、髪伸びたねぇ。切ってもいい?」
コギンカとは僕の名前だ。
生まれてから七年後の今まで、この黒髪は切ったことがない。
だから伸び放題。
立って歩くことができず、よちよち進むしかなかった僕は、いつも邪魔に思っていたけど、切ってとも言えなかった。
なぜなら言葉が通じないから。
赤子の僕の言葉は、みんなには通じないらしい。
僕が両手をあげて笑うと、僕をよくハグしてくるネネギンカちゃんも笑った。
ネネギンカちゃんは、小さな銀貨の持ち主で、性別は女の子。
立って歩けて、僕がちょっと見上げるくらいの背なんだ。
僕の二年後に生まれたけど、僕より少し大きな銀貨を持って生まれたから、姿は僕より大人。
いつもジト目だけど、それはネネギンカちゃんのもとからある特徴で、性格はとても優しいし、さびしがり。
肩までの髪を左右にわけて結んでいて、僕はそれを引っ張るのが大好きだ。
僕は黒髪だけど、ネネギンカちゃんは桃色で、それがとても美味しそうな色だから、たまにはむっと甘噛みすると、ネネギンカちゃんはくすぐったそうに笑う。
「ネーネー……」
僕の言葉は全員が理解できないわけじゃない。
「なーに? コギンカくん」
姿の近いネネギンカちゃんには通じることが多いんだ。
「ネネ、しゅきぃ」
「!」
僕をハグしていたネネギンカちゃんは、初めてハグし返した僕にびっくりしたようだ。
口をポカーンとあけて、数秒の後、パクパクしはじめた。
「髪、キッテー」
僕のその言葉にハッと我に返ったネネギンカちゃんは、ハグをし返した僕をズルズル引きずりながら、ハサミを借りに、大人達のもとへ歩いていった。
椅子に座りながら、ネネギンカちゃんにチョキチョキ切られていく僕。
その様子を、周りの大人達が見ている。
「コギンカくん、どれくらいにしたい?」
「ちょっ、と、長メのショート……」
「わかったぁ。じっとしててね」
「あい」
髪を切られた後、その姿を自分の銀貨で鏡のかわりにして映してみた。
「おー!」
僕らの周りを囲んでいた大人達は、何を思ったか、僕の手に少しずつ銀貨をわけてくれた。
それを受け取った僕は、ネネギンカちゃんより少し背が高くなった。
椅子から降りると歩き出そうとした。
よろめきかけた僕を支えてくれた青年がいた。
でも、青年があまりに色白で華奢だったから、支えてもらったのにヒヤッとした。
青いガラスのように透き通った髪の青年の名はギンガくんだった。
「ありがとう!」
それが、僕が初めて、みんなと共通の言葉を紡いだ瞬間だった。
みんな、さっきよりも強めの「おー!」をくれた。
隣で支えそびれたネネギンカちゃんはちょっと悔しそう。
「あたしが支えたかったのにぃ」
「……あ、ごめんごめん。ネネギンカ」
ギンガくんは頬をぽりぽりかいた。
頬をぷっくーと膨らまし、僕を見上げてくるネネギンカちゃん。
「ボクらは、ずっと迷ってたんだよ。コギンカ」
僕がちゃんと地面に立つと、ギンガくんは手を放す。
「……なにを?」
「……」
ふぅと息を吐くと、ギンガくんは僕をじっと見つめた。
「赤子の言葉はボクらには理解できない。それに、世界で一番幼かったコギンカを、僕らは大事に思ってた。宝物のように、壊れ物のように」
「……なんで」
でも、と続けるギンガくんの言葉の先をみんな待った。
「でも君が、嬉しそうに銀貨に自分を映す姿を見たら、ボクらのエゴだったと知った。これからは自分の意志を伝えて、なりたい自分になっていってほしい」
その言葉は素直に嬉しかった。
「みんなの仲間に入れてもらえる……?」
おそるおそる上目遣いで言ってみると、ふふっとギンガくんは笑った。
「ボクらは平等だ。どんな銀貨にだって価値があるんだ。君は望まなかったことかもしれない。それでもボクらは、ボクらなりに君を愛してきた。だから」
「……」
「これからは君の思いを君からちゃんと聞いたり、君の望む幸せも見てみたい」
僕はずっと望めないと思っていた。
自分の考えは通らず、ただただ愛されるのが淋しかった。
少しでいい。
大人になりたかった。
「僕の望みは、相手が望むかどうかはわからないけど……」
「なんだい?」
ネネギンカちゃんが僕をじっと見ている。
その表情は緊張していた。
「これからは抱っこされたり、ハグされる側じゃなくて」
ゴクリと唾を飲む音がした。
それはネネギンカちゃんだった。
そわそわしているのか、不安なのか、ネネギンカちゃんの瞳が彷徨ってる。
「特別な人とだけハグしたり、傍にいてほしいんだ」
ネネギンカちゃんは途端不安そうな顔をした。
「だから」
風が吹いた。
ネネギンカちゃんは最後まで聞かずに走って行ってしまったのだ。
「ネネ!」
すぐに手を伸ばしたから、ネネギンカちゃんの右手の指に少し触れたけど、立って歩けるようになったばかりの僕には、追いかけることは出来ず、よろけながらその場で転んでしまった。
「コギンカ、ほら」
ギンガくんが手を貸してくれて、僕はなんとか立ち上がった。
その背を、ギンガくんがぽんとたたく。
「誰かの支えがなくても、追いかけられるだろう?」
僕はコクリと頷いた。
ネネギンカちゃんは世界の隅に座って、空をじっと見上げていた。
そこには鍵が浮いていて、そこまで続く白い階段もあった。
僕がよろけながら近づくのを見て、ネネギンカちゃんは階段を駆け上っていく。
「行かないで! ネネ!」
それでもネネギンカちゃんはぐっと唇を噛むと、そのまま鍵に触れようとした。
「あたしじゃ駄目なんだ……」
か細く呟かれたのに、それは悲鳴のようだった。
ネネギンカちゃんは、僕の言葉を振り切るように鍵に触れた。
「違う! そうじゃない!」
「……でも、これからは特別な人とだけハグしたいって……」
内側からだけ、空に浮かぶ鍵に触れることで開く宝箱。
眩い光のあと、ネネギンガちゃんの姿はそこになかった。
「……ネネのことなんだ!」
ひとり残されたその場所で、僕は精一杯叫んだ。
「好きなんだよ! ネネ……」
言葉を話せるようになった僕なのに、心を通わせることが前より難しいなんて。
「……置いていかないで……。ネネ……ぇ」
口がわななき、本当の赤子のように、戸惑うことしか、望むことしかできなかった。
今までのように大人になりたいと、その時は思えなかった。
崩れ落ちて、背中を丸くした僕は、周りがどんどん見えなくなっていった。
「ネネがいないと駄目なんだ……」
自分の声がかすれているのがわかる。
そのうち目が充血して、涙が溢れだした。
僕の涙は、数えきれないくらいの銀貨になっていって、泣いたことによって、また赤子に戻っていた。
もう目も開けられない。
壊れてしまいそうだ。
「コギンカくん、目を開けて」
目を開けられなかった僕は顔だけあげた。
それがネネギンカちゃんの声だったからだ。
「ネネ……ぇ」
「ごめんね」
戻ってきてくれたのだろうか?
ネネギンカちゃんの存在は、いつもはあたたかいのに、今はただただ苦しくて切なかった。
「ネーネー」
「なーに?」
「スキぃ」
好きを返してもらえるかわからない。
それでも伝えたかった。
「……言葉はね、少しの違いでいっぱい違うの。でもね、コギンカくんは全部で伝えようとしてくれた。だから、あたしも言うね」
銀貨を一枚、握らせてくれたネネギンカちゃんは、目を開いた僕を見つめて、言ってくれた。
「あたしもコギンカくんが好き。ふたりでこの世界を出ていこぉ」
互いを手繰り寄せる指先は震えていて、でも感じたことのない愛しさで、爪すらたてそうになる。
それくらい重なりたかった。
この日の、この熱さと愛おしさは、一生忘れないだろう。
「ありがとう。ネネ、一緒に旅をしよう」
僕達は今、外の世界にいる。
青い空と繋いだ手。
自分の足と、寄り添う足跡。
ふたりで、これからの人生を。
end
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