バニラの海になる

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 この頃、真夜中になっても眠れない。眠れなくて困ることもないが如何せん暇だ。そんな時は真夜中を散歩する。  隅田川沿いの遊歩道の柵に肘をついて煙草に火をつける。最近、煙草の数が増えた気がする。川向うの極彩色の街に煙を吐く。  夜空は月光を降らせ、無彩色の服を薄檸檬色に濡らした。ゴッホの描く夜空には黒がないと未明が言っていた。ネオンを滲ませた夜空は黒くも青くもなくて、この街に純粋な色彩がないことを表しているようだった。  極彩色の街へ橋を渡る。走り去る車のFMラジオが爆音で三時を告げて去って行った。  行くあてもなくネオンを飾った街を徘徊する。甲高い声で話すカップルかセフレであろう男女と知らん顔ですれ違う。赤信号に引っかかり、車もないのに立ち止まる。ホテルに置いてきたひかるのことを思い出す。事後にぐっすり眠れるなんて羨ましい。今日は激しくしたつもりはないんだけどな。信号が青になってもここには俺しかいなかった。ヘッドライトすら通らないのに、この極彩色の街は何を照らしているんだろう。  コンビニで三五〇MLの缶ビールを買った。プルタブを開く音が軽快に響く。夜風が心地よく、それだけでほろよい気分になった。缶ビールをちまちま飲みながら会えない人を思い出す。  未明は今、何してるだろう。やっぱり寝てるかな。明日、というか今日早いって言ってたし。昨日会ったばかりなのにもう何年も前のことに感じる。思い出として補完されているようだ。まだ、終わってないのに。  極彩色の街を一周して再び橋を渡る。夜風が川の水面を撫で、ネオンが揺蕩う。  ひかるにもビールを買ってくればよかった。でも寝起きにビールなんて嫌だよな、なに買ってやろう。今日は何食べよう。コンビニ弁当もスーパーの値引き惣菜も、深夜に食べるカップラーメンも飽きた。手料理が食べたい。未明の手料理が食べたい。この前作ってくれたキムチ納豆炒飯。あれが食べたい。  ホテル近くのコンビニで水と缶ビールを買う。レジ袋に空き缶を突っ込み、二本目の缶ビールを煽りながらホテルの廊下を歩く。さすがに夜明け前までヤってる声はなくて、こんなとこでも人は夜に寝るんだなと思った。部屋に入るとひかるがクイーンサイズのベッドを占拠するように、俺が外に出たときと同じ姿で眠っていた。窓は夜明け前の青に塗り潰されていた。サイドテーブルに空になった缶ビールを置いて、ひかるの背を抱きしめて眠った。
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