孤狼

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孤狼

「フフフ、好気味です」  高座で居眠りばかりしている三遊亭圓朝の弟子である太った男小佐内が稽古部屋で圓朝に説教されているのを見て立氷姫は冷笑する。 そんな立氷姫を吹雪は沈黙を続けたまま、鋭くにらむ。 1日の大半を眠っている小佐内だが、落語家としての実力は確かなものだ。 落語の台本を読んでいるというよりは紙をめくって遊んでいるようにも吹雪にも見えた。 しかし、小佐内はきちんと台本を最後まで読み通していたのだ。 「あたしはあんたの実力に期待してたんだがね、小佐内」 「承知してるでがす。あちきも師匠に嫌われるんでねえかと……」 「小佐内っ!抽象論なんてくだらないもんじゃなくて具体的に話しなっ!」  吹雪は圓朝様、思い違いですと師匠の圓朝に事の発端を説明する。  小佐内がきちんと落語の台本を読んでいたことを聞くと圓朝も詫びた。 「済まないね、小佐内」 「いえいえ、暫く睡眠時間を削るでがす」 「吹雪にも感謝しな」 「有り難うごぜえます、吹雪」 「いえいえ、私もお二人が仲直りされて嬉しいです」  今日もいろいろありましたが、私も頑張れてます、薄氷様。  吹雪は天を見上げる。 降りしきる雪が風に舞う中、氷の里の長老である薄氷は裸の10歳くらいの美しい少女に出会う。少女の身体は純氷のように透明で、今にも陽炎のように消えそうだ。少女の寒色系の長い髪は腰まで伸びていて、頬はほんのりと赤みを帯びている。薄氷は宙に浮かんでいる裸の美少女の頬に優しく触れる。 『吹雪。それがお前の名だ』  薄氷の言葉に裸の美少女は黙りこくっているだけだ。  氷の精霊らしく感情を持たない美しく清く厳かな雰囲気を纏っている。 『薄氷様……』  裸の少女は、薄氷の名前をはじめて口にした。 『有無。我の霊力を半分お前に与えよう、吹雪』  薄氷は吹雪の髪を一房掬う。  少女の美しさに目が眩む。  薄氷は自身の霊力の半分を吹雪に与えた。  此れで一人前の氷の精霊として吹雪も皆から認められる。  吹雪の純氷のように半透明だった身体はいつのまにか実体化していて、透けていない。 薄氷から与えられた霊力で吹雪は限界することができた。 「薄氷様、吹雪です」 「有無。これから宜しく頼むぞ、吹雪」  吹雪は素足のまま雪を踏みしめる。  冬の最中だというのに氷の精霊の少女が裸のままはいかがなものかと思い、薄氷は着物を吹雪に渡す。 「服を着ろ」 「有り難うございます」  こうして吹雪は氷の精霊として、薄氷と共に仲間達のいる氷の里に住んだ。
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