誰かがいる オレ

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誰かがいる オレ

オレ「はぁ……」  夏の暑さも去り、吹く風がだいぶ肌寒くなってきた深夜。  黒のジーンズ、黒のプルオーバーパーカー、暗緑色のレザージャケット、秋用手袋を身につけ、オレはため息をつきながら目的地へと足を進めていた。 オレ(なんでうまくいかないかねぇ……)  今月に入って、もう3回目だ。今月に入ってからどうにも仕事がうまくいっていない。 オレ(こうも当たりが悪いとね……)  飛び込んだ先々で、どうにも当たりがよろしくない。  こうも不幸続きだと、もう真剣に考え込んでしまう。 オレ(いつになったら、抜け出せるんだよ……)  いい加減に辟易してきた。  楽しくもないこんな生活は、一体いつまで続くのだろうか。 オレ(まぁでも、しゃあねぇか……)  考え込んで悩んでいても仕方がない。やるべきことはやるしかないのだから。  オレはあれこれと考えながら、スニーカーで歩みを進めて、目的地である家へと向かった。  やがて家が見えてきた。  木造2階建てのアパート。駐車場も完備されている1階角部屋の1DK、105号室。一人暮らし用の部屋だ。  部屋近くの駐車場には穏やかで優しいブルーの車が駐車されている。  ドライブレコーダーも搭載されているこの車はオレの好きな色だ。  オレは車を横目に、鍵穴にモノを突っ込んで解錠。そのまま室内へと入る。 オレ(ヤベっ……!)  オレは室内灯をつけて、開いていた暗緑色のカーテンを慌てて閉めた。  どうやら開けっ放しで出てしまったらしい。  気をつけなければ。  オレは一つ息をつくと、手袋をつけたまま周りを見渡す。  カーテンが開いていた影響で誰かが入ってきたかもしれない。  散らかった様子や荒れた様子、誰かがいないかを少し念入りに確認する。  10分ほどかけて入念にチェックを済ませ、問題がないことを確認した。 オレ(よしっ……!)  オレは安堵し、再び息をつく。だが、あまりゆっくりもしていられない。急がなくては。  オレは約6.5畳の洋室に戻り、目的を果たそうと窓付近の壁、そこの棚に設置された小さな引き出しに手を伸ばした。  すると突然、同じスペースに置いてあった円柱形状のAIスピーカーが大きな起動音を立てた。 オレ「うぉ……!」 AI「家の外に誰かがいます」  オレの驚きの声を無視して、AIが無機質に話し始めた。 オレ「はっ? えっ? 誰が?」  オレは少し浅い呼吸を繰り返しながら訊いた。 AI「分かりません。ただ、13分ほど前から誰が家の周囲をうろついています」  13分というと、オレが部屋に到着して、室内を確認している時だ。  自分の知らない間に家の周りをうろつかれるとは、恐怖しかない。  呼吸がますます浅く、早くなるのを感じる。 オレ「マジ?」  あまりの状況に間抜けな反応しか出なかった。 AI「本当です」  AIは再び無機質に事実を告げた。  残酷すぎるほどに無機質だ。  オレは盛大に頭を振る。  落ち着け。考えなければ。どうすればいい。  どうすれば外の人物をなんとかできる……。  コンマ数秒で考えたオレは、人物の確認を最優先することにした。そして口を開く。 オレ「接続されてるカメラで見ることってできない?」  実際、人の動向を確認できるAIだ。カメラ機能が備わっていても不思議はない。 AI「カメラは接続されていません。対人センサーが反応しているだけです」  なるほど。そう来たか。  これでは、どんな人物かを確認することはできない。  オレは質問を変えることにした。 オレ「猫とかじゃなくて?」  センサーやAIの誤りということもある。  オレは人ではない可能性に賭けた。 AI「犬や猫のサイズではありません。明らかに人のサイズと気配がします。通報しますか?」  AIが言葉を返した。  その言葉にオレは再び呼吸が浅く早くなるのを感じた。 オレ「ちょちょちょ! タイムタイムタイム!」  オレは慌てて止めに入る。それはマズい。 AI「どうかされました?」  無機質ながら、でも、キョトンとした口調で訊ねられた。 オレ「いや、その、こんなことで警察呼ぶなんて……。なんか申し訳ないし」  口をもごつかせながら、オレは少し早口で話した。 AI「しかし、事実、身の危険でもあります。それに持ち主のあなたに何かあっては手遅れです」  冷静な意見かつオレを気遣うように言った。 オレ「ありがとう。いや、それは嬉しいけどね……」  オレはサラリと礼を言って、浅い呼吸のまま言い淀んだ。 AI「お褒めの言葉ありがとうございます。やはり通報した方が良いのでは?」  オレとは対照的に無機質ながらも嬉し気に話し、通報を念押した。 オレ「通報に絶対的な信頼を寄せてる……。いや、その、警察の人にも迷惑かかるかもってのもあるけど……」  オレは通報に対する考えに指摘を入れると、言い淀んだ言葉を引っ張り出した。 AI「けど、なんでしょうか?」  今度は素直な反応が返ってきた。 オレ「まだ友達の可能性もあるから」  オレは素早く言葉を返した。  正直、意味もなく警察が来るのは非常にマズい。 AI「いつものレンさんでしょうか?」  AIが心当たりのある友人に気づいたようだ。 オレ「あぁ、そう! レンがサプライズで来てる可能性もあるしな」  AIが言葉を言い終わる前に、オレは友人の名前を口にして、可能性を伝えた。 AI「しかし、登録されている誕生日は2ヶ月も先です」 オレ「そっか……。確かに……」  さすがに2ヶ月も前に誕生日を祝ってくれる友人はいない。それにこんな時間だ。サプライズにしては遅すぎる。  オレは再び頭を回した。  カメラ機能がなくても、なんとか姿は確認したいところだ。  どうしたものか。せめて明かりがつけば。 オレ「明かり……」  オレは静かに呟いた。  カメラがなくても外を照らすことは可能だろう。 オレ「ねぇ。ちょっと外にあるライトつけて様子見てよ」  なんとかして様子は確かめなければ。  オレはその一心で言葉を口にした。 AI「かしこまりました。ライトを点灯します」  了承の言葉の後、小さく短い電子音が響き、ライトセンサーによる点灯を開始した。  わずかに沈黙が訪れる。 オレ「様子は?」  オレは緊張しつつも、出来るだけ呼吸を整えて訊ねた。 AI「まだ近くにいます」  整えた呼吸が無駄になった。  オレは眉間に手を当てた。 オレ「えぇ……。怖すぎ……。マジで誰だ……?」  オレは眉間に当てた手を顎に移動させ、怯えながら考える。剃り残しのある髭がサワリと触れた。  考え込んでいると、AIが再び口を開く。 AI「不審者が窓の方向に近づいています」  どうやら移動したらしい。  オレは角部屋にある唯一の窓に目を向けた。  カーテンと窓を隔てた向こう側に何者かがいる。  オレは黙ったまま窓を眺めた。  異常なまでの張り詰めた空気が身を包む。  24時間換気の音や冷蔵庫のモーター音が耳鳴りのように聞こえる。  おまけに緊張している鼓動を感じる。  鼓動を感じながら、オレは舌を使って唇を湿らせた。 AI「気づかれない程度に覗いて確認するのはどうでしょう?」  緊張を破るように、AIが静かに提案した。 オレ「いや……。やめておく……」  顔を見られ、覚えられるのはマズい。  オレはわずかに首を横に振ると、提案を断った。  三度、呼吸が浅く早くなるのを感じる。 AI「レンさんにメッセージを送ってみるのはどうでしょう?」  AIが再び何気なく提案した。  確かにサプライズでなくとも来ている可能性はある。 オレ「いや、でも……。こんな時間に送って違ってたら悪いしな」  実際、時間はかなり遅い。  迷惑をかけたらという思いもあって、オレは気乗りしない様子で返した。 AI「それもそうですね」  納得してくれたようだ。AIから同意が返ってきた。  再び緊張混じりの沈黙が訪れる。  すると、AIが再び話しかけてきた。 AI「不審者が再び移動しています」 オレ「どっちの方?」  オレは即座に訊ねた。窓の方にいないとなると、どこへ移動したのか。 AI「車の方へ移動しています」  先ほどのブルーの車だ。  もしかして車になにかイタズラでもするつもりなのだろうか。  だとしたら。 オレ「ドラレコ……! そうだ! ドラレコに接続して確認できない?」  映像は記録されるだろうが、今この場で確認した方が確実だ。  オレは閃いた考えを口にした。 AI「かしこまりました。ドライブレコーダーにアクセスして確認してみます」  反応の後、小さく短い電子音が響き、アクセスを開始した。  わずかに沈黙が訪れる。 オレ「誰だった?」  オレは沈黙が耐えきれず訊ねた。  不思議と口元が綻んでいるように感じる。 AI「顔認証中です」  AIは短く答えると同時に沈黙した。 オレ「ねぇ?」  表情を変えずに再び訊ねた。 AI「顔認証中です」  再び沈黙。  やがて数秒後、AIは冷静にそして冷たく反応した。 AI「あなたは一体誰ですか」 【終】
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