矛盾した償い

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 当時住んでいたのが、田舎で良かったと今は思う。物を隠すのにはいい土地だった。小さなものを、散りばめて隠した。あれはもう十年近く前になる。忘れていてもおかしくないようなその年月。忘れるわけのない記憶は、この街のそこかしこにある。私はここで生まれて、育って――強姦にあったのだから。  十八歳の夏に強姦にあった。人も少ない塾の帰りだった。駅から家までは歩いて十五分ほどで、その距離は親が心配するようなものではなかったし、心配してくれるような親でもなかった。仕事中でもお酒を飲んでいるような父が一人。母は、酒浸りで暴力的だった父と一人娘の私を残して家を出ていった。そのときの離婚届が箪笥の引き出しに仕舞われたままなことを私は知っていた。触れなかったのは、父なりに母への未練があると思ったからだ。なにより、私に対しても暴力を振るう父に、なるべく関わらないようにしていたことの方が大きいかもしれない。  小さな街だった。近所の人たちは皆知り合いで、けれど大きな声や物音がしても誰も助けてくれないのだなということを、私は小学生の頃にもう知ってしまった。家庭の事情に首を突っ込んでくれるようなお節介な人はいないということだろう。  片親で育った私にとって、強姦という出来事は決して簡単に男親に話せる内容ではなかった。ボロボロになった私の体、ズタズタにされた私の心。悲しませるかもしれない、なんてものでも恥ずかしいというものでもなかった。あのときの感情を、私はどうやったら表現できただろう。恐怖だろうか、怒りだろうか。はたまた漠然とした絶望だったのだろうか。当時、母親が家に居たのなら私の人生は変わっていたのだろうかと考えるが、もうそんなことはなんの意味もなかった。 「あった…」  落ち葉を掻きわけて、土を掘り返して、そうして出てくるその本当に小さな薄汚れた白い塊を、私は大事に袋に入れた。壮絶だった十代の終わり。私の人生の終わり。新しい人生の、長い長い旅路の始まり。  当時、事件にもならなかったあの出来事は、だからもちろん犯人も捕まらなかった。今もどこかでのうのうと生きているだろうことを思うと、私のこの十年近くは何だったのだろうと思うこともある。けれど、遭ったことばかりが痛切に心に残っていて、男の顔はもう思い出せないでいた。時効というものが設けられているのは、その証拠を明らかにする材料が霧散してしまうからなのだそうだ。もうずっと、そんなことばかりを調べる毎日だった。  私は過去の名前を捨てた。父親から離れて、そうして一人で暮らすために。人といても孤独なだけだった。どうしようもなく孤独で、どうしようもないこの計画を思いついたその瞬間に、私は家を出たのだった。私は、行方不明の少女になった。 「次は、家の裏山…」
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