矛盾した償い

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 なんとか草をかき分け探すと、やっとそれらしき場所を見つけた。砂が被り、頭だけいくらか出た石の円。ここで合っていますようにと願った。全部揃っていなくともいいのかもしれないけれど、私には私の責任がある。すべて自分で始めて自分で終わらせるのだと決めたのだから。  名前を偽って、周囲に認知させて五年から十年という年月をかけると、人はその名前を本当に名乗ってもいいという権利を国から与えられる。高校三年生のとき、私はそれを調べた。申請して許可が下りたとき、私は初めて生まれ変われたことを実感した。心の傷も体に残る傷も消えてなどいないのだけれど、それでも新しい人生が始まるのを実感したのだった。 「あとは、駅の近く……」  ここを通るのがトラウマになることはなかった。明らかにこの辺の住人ではないと、あの当時からなぜか確信していた。顔を、ちゃんと見られるタイミングは正直ほとんどなかった。後ろから襲われて、私は羽交い絞めにされた。うつぶせに寝かされて、ただ下腹部をまさぐられたのだった。幸か不幸か、制服の上着は破かれることもなく、地面の汚れが付いただけで済んでしまった。恐怖のあまり暴れることもできなかったこともあっただろう。そのときの記憶はなぜだかとても断片的で、細切れのフィルムを見るような感覚だったけれど、陰部に異物が入ってくる嫌な感覚だけは鮮明に残っている。  駅のすぐ近くは片側が山に、もう片側は崖になっていた。その山側は人が入ることなどまずないようなところだった。土は固まっていて、ひどく掘りにくかったけれど、ここに一番大切な隠し物をした。その異様な丸みを帯びた塊を、私は一番嫌な思い出の残るこの場所に隠すことにしたのだった。かつてその物体が元の形状を保っていたとき、それが一番の象徴だった。私の心はあの出来事のせいで、明らかに壊れたのだと思う。簡単にこんなことができる人間でもなかったし、ましてや、そこから一人で生きていこうなどとは微塵も思えないような気の弱い生き物だった。きっと当時の私を知る者が今の私を見たのなら、とても強くなったように見えるに違いない。 「たしか、この桜の木の隣……あ、あった」  目印代わりに置いた大きな石が、コケに(まみ)れてそこにあった。妙にぼこぼこしていて、その凹みは見方によれば人の顔のようだとも思った。標準的な体力の女が持てる程度の石なのだからそんなに大きくはないのだけれど、ちゃんと動かずにそこにあってくれてよかった。私は必ずいつか回収に来ることを決めていたのだ。全部、決心してやったことだった。  この作業は、私が生まれ変わることとはとても真逆の行為だなと思った。学生時代の思い出の残る場所に私はすべてを隠したのだ。それを回収に来ることを想定して隠したのに、どうしてこんな思い出の地を巡るような隠し方をしてしまったのだろう。もう私のことなど誰一人覚えていない、そんな土地に来ているのに。隠し場所は全部で四か所。それもかなり小さいものまであるのだから、大体どの辺に埋めたかは覚えていたとしても大変な作業だった。
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