真夜中の出会い

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真夜中の出会い

 今日の夜空は曇り空で、光は街の中に射さない。夜の街のネオンからは少し遠くて、静かな舗道を歩いていく。目的はない。ただの真夜中の散歩。太陽が嫌いで、いつも太陽が昇る時間に眠る。私にはそれが当たり前だった。バイトもない日は、家でゴロゴロしながらスマホをいじって、夜中になんとなく散歩する。喧騒から抜け出た夜は静かでいい。もしこの夜の中で静けさを揺るがすもがあるとしたらそれはなんだろう。もしこの夜の中で輝くものがあるとしたらそれはなんだろう。夜はどこまでも広くて、太陽よりも強い可能性を孕む。そしてその思考を遮ることはない。だから私は夜が好きだ。  夜中の舗道はあまりにも静かで、車も大して通ってなくて、好きな音楽でも聴こうと思ってイヤホンを着けようとした。その時。  すれ違った男の子から一枚の紙が舞って、目の前に落ちた。その黒地の紙を拾うと、『INSOMNIA EFFECT』というロゴがある。日付や場所が何カ所か書いてあった。何かのフライヤーであることは間違いない。私は楽器を担いで荷物を持っているその男の子を追いかけた。 「あの、これ。落としましたよ」  男の子は振り返る。夜の静寂の中で、凛と音がするような男の子だった。夜目に映えるホワイトグレージュの髪色、大きな瞳。目が合うと、イヤホンを外しながら、私の手元にあるフライヤーを見て、その男の子は笑った。 「ありがと。でも、あげる」  あげる? そう言われても、よく分からないものだし。戸惑っているとそれを察したのか、 「良かったら、来て」  と言われた。 「『来て』?」  私が聞き返して、男の子は笑顔のまま私の目を見る。 「それ、俺のバンドのフライヤー。好き? ラウド」  ラウド……。私は瞬きをして、初めて聞く言葉に口を噤む。  クールな外見に反して、その子は無邪気な瞳で笑った。分からないか、と言って私に向き合う。頭一つ分、背が高い。男の子は、私に聞く。 「普段、どんな音楽聴く?」 「普通の。流行ってるやつ……」 「音楽のサブスク、なんか入ってる?」  うん、と答えると、じゃあそれで俺のバンド検索したら出てくるよ、と言われた。男の子が正面から私に向き合っているから、私も向き合ってスマホを取り出して検索する。男の子のバンド名はフライヤーに書いてあったロゴのバンドで、検索するとINSOMNIA EFFECTと表示された。目の前の男の子の顔が、アーティスト名と共に写っている。四人編成のバンドで、フォロワー数は私が普段聴いている音楽のアーティストより圧倒的に少ない。けど、私はイヤホンを着けた。一番人気の曲を再生する。ボーカルの高音がのびて、柔らかな間奏の数秒の後に、重低音の轟音が流れた。その音に、心が底から震えたのが分かった。 「かっこいい」  私がそう言ってその男の子に笑いかけると、男の子は嬉しそうな顔をした。歌詞は英語だけど、流れるメロディーは切なさと疾走感に溢れて、デスボイスでさえ耳になじむ。三分半ほどの圧巻の一曲を聴き終えて、私は再生をストップした。 「すごくかっこいい。楽器持っているってことは、何のパート?」 「ギター。興味持ってもらえた?」 「うん。私、音楽って分からないけど、この曲、みんなにもっと知ってもらいたいって思った」  男の子は相変わらず嬉しそうにして、私をじっと見つめる。 「クレジットにもあるけど、俺はサエって名前。君は?」 「え……。イチカ」  そう答えると、サエくんは「イチカちゃん」と目を輝かせて、私の名前を反芻するように復唱した。そして、すぐ傍にあるファミレスに奢るからと言って私を誘った。私は躊躇する。一応、私は高校生だ。サエくんも見たところ年齢が近そうだけど、真夜中だし、初対面だし、どんな子かよく分からないのに突然誘われても困る。サエくんは不思議そうにして私の顔を覗き込んだ。 「大丈夫だよ。バイト代、入ったばっかりだから」  その心配じゃなくて、と思う。私はサエくんを訝しんだ。けど、こちらの雰囲気を純粋に気に掛ける様子からして、私を誘う意図に全く悪意のないことが分かる。サエくん、私と親しくなりたくて誘ってくれている。それが伝わってくるから、私もその好意は嬉しかった。友達になるってことかな。悪くないことだ。私は思って、「お会計のことはいいよ」と言って、サエくんに付いていくことを決めた。サエくんと一緒にファミレスの階段を上る。ちょっと話したら、やっぱり私もサエくんも高校生同士、同じ年だった。
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