イチカとサエのお互いの過去

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イチカとサエのお互いの過去

 深夜のファミレスは未成年をだるそうにそのまま通す。私たちはドリンクバーを頼んだ。私はアイスティー、サエくんはコーラを持ってくる。ファミレスの暖色味を増した照明の中でも、サエくんの髪色と大きな瞳は目立った。 「校則緩い高校通ってるんだね。その髪、怒られないんだ」  私がそう言うと、サエくんは「俺、定時制高校だから、大丈夫」と言った。 「昼間働いてるの? 偉いね」 「午前中から働いているわけじゃないけどね。夜間の定時制。普段は焼き肉屋のホール。でも今のギター買う時は頑張ったかな。工場で軽作業の仕事。スナック菓子の箱いっぱい持って倉庫一日中何往復もした」  サエくんは私にメニューを勧めてきたけど、サエくんが頼まないのに私が頼めるわけがない。遠慮してる? と聞かれたけれど、してないよ、お腹すいてないだけ、と答えた。  それから私もサエくんに聞かれる。こんな時間に外出していて高校平気なの? と。私は通信制の高校に通っていることを言った。質問されるのは私の番になった。通信制の高校ってどういう場所? 普段何してるの? と。それに私は答えていく。 「私の通っているところはレポートを提出するんだけど、週に一回、スクーリングっていうのがあって日曜日に学校に通うの。仕方ないからその時だけは、朝から起きてる。大体一時間目は遅刻だけど。普段は週に四回、居酒屋のバイトしてる。実家にいるよ。今日は何もない休みの日。以上」  お互いに普通の高校生ではないことが判明して、親近感を覚える。全日制の普通科の高校に行かなかったお互いの理由を話した。サエくんは朝起きるのが苦手で勉強嫌いだから。でも、今時高校ぐらいは出ておかないと後々困るという現実も理解していた。サエくんの音楽熱は中学一年生の頃に、親に連れられてたまたまCDショップに入ったことから始まる。そこでジャケ写買いしたアーティストがラウドロックというジャンルだった。そのままそのバンドが大好きになって、お年玉やお小遣いを貯めて初心者セットのギターを買って練習をするようになった。中学の時にコピーバンドをやり、オリジナル曲も作った。音楽をやりたいし、売れるから絶対大丈夫と言っても、中学を卒業しっぱなしにするのはご両親がなかなか許してくれない。結局、そんなにやりたいなら高校卒業という学業との両立で音楽をやっていいと言われた。音楽をやれるのなら、と思ったサエくんは、納得した上で定時制高校に通っている。  私には私の理由があった。私は中学生の時はごく普通の女子生徒で、でも行きたい高校があって受験勉強を頑張った。自分の可能な限り私は勉強したのだが、ストレスもすごくて過食に走った。おかげで受験生の頃は太っていて、志望校には合格したものの、卒アルには今より八キロ太った自分の姿が残っている。志望校に入ってからは、私はダイエットに精を出した。メイクも覚えて、夏休みが明ける頃には垢抜けた自分の姿があった。しかし、それは女の子たちに嫌われる羽目になった。 「なんか変わったよね」 「整形したの?」  直接言ってくる子もいた。男の子たちが「悪口って良くないと思うんだけど」とか「女の僻みは醜いよな」とか言うから、余計に女の子たちは気に食わないみたいだった。いじめには遭わなかったけど、私自身がすごく傷ついた。私が変わったのって見た目だけなのに。そしてそれは中学校の時の同級生の女の子たちからも同じ扱いだった。小学校の時のクラスメートと偶然会った時に、「イチカちゃんは全然変わってないね」と一人だけ言ってくれた子がいたけど、それだけだった。私の中身は何も変わってないのに。独りぼっちになった気分になって、せっかく合格した学校にも行かなくなった。そして出席日数が足りなくなって、退学した。今の高校の子たちは、全然気にしないでいてくれている。 「ごめんね。暗い話して」  私はサエくんに硬い笑顔で謝った。サエくんは私と目を合わせて、「可愛いって言われるの嫌い?」と聞いてきた。 「正直、直接言われるとどう受け止めていいのか分からない」  そう答えたら、サエくんは、そっか、と呟いた。 「今の自分が今の自分だよ。っていうか、イチカちゃんってすごい努力家じゃん。勉強とか、ダイエットとか、メイクとか」 「そうなんだろうけど。いっぱい頑張ってもこんなもんなんだって思っちゃう」 「そうかなあ。イチカちゃん、志望校にも合格してるし、可愛いと思うけどな」  サエくんはまっすぐだ。反応には困るけど、サエくんの言葉には偽りを感じない。素直な気持ちを、素直に表現してくれている。認めてくれる人がいると思うと、心強かった。暗い話の後だから、話題を変える。 「サエくんのやってるバンドってどんなバンド? 曲はさっき聴いたけど、ラウドって具体的に分からなくて」  サエくんは大きな目を更に大きくした。得意分野を答える顔だ。 「重低音とかデスボイスとか、それだけじゃないけどライブのノリも激しめのバンド。さっきも言ったけど、良かったら見にきてよ。イチカちゃんならゲストで入れる」 「怖そうだなあ……」  まあ、普通そうだよな、とサエくんが言う。しかし言葉を次いだ。 「後ろで見てる分には問題ないよ。俺のやってるバンドってまだチケットのノルマ、捌けるぐらいだから」 「でもお客さんついているんだ?」 「もう友達呼ばなくてもなんとか」  ファンがいるってことか。すごいなあ、と思っていると、サエくんが「そんなことより」と言って、含み笑いをする。 「イチカちゃんが後ろで見てるとどこかのバンドの彼女って思われそうだけど、大丈夫そう?」  私は言葉に詰まる。そして、「やだ」と言った。 「つれないなあ。まあいいや、来たくなったら言って。SNSやってる? 交換しよ」  それから私達はSNSを交換して、他愛もない話をした。サエくんは夢に向かってキラキラしているから、好きなものも嫌いなものもなんでもキラキラしていて綺麗だった。最初は危険な奴だったら逃げようと思ってたけど、サエくんはクールで可愛げな外見に反して、明るくてただ無邪気なだけだった。フライヤーを落としたのは、サエくんのギターのソフトケースのファスナーが空いていたから。この時間に歩いていたのは、スタジオの後にメンバーと食事した後で、終電を逃して二駅歩いていたせい。家も比較的近いと分かって、サエくんは予定が空いている日に私がバイトしている居酒屋に来てくれると言った。もちろん、未成年だからお酒は飲まない約束で。  朝の五時頃に私達は帰路に着く。カラスがもう飛んでいて、いつもだったら鬱陶しいだけの時間がくすぐったことを思い出す。初めて聴いた音楽を、まだ知りたいと思った。それはきっと、出会った相手がサエくんだったからだ。自分に自信があって、夢に向かってキラキラしているその姿に、ただ単純に憧れた。家に着いた私はシャワーを浴びてベッドに入る。夕方からバイトだ。サエくんも似たような生活をしている。私は、サエくんとまた会える日が楽しみになっていた。
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