「眠れなくなるほどの強い効果を持つ音楽」

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「眠れなくなるほどの強い効果を持つ音楽」

 午後二時頃に起きた私は、パソコンを立ち上げた。サエくんのバンド、『INSOMNIA EFFECT』を検索する。画面にメンバー集合の写真とバンドのロゴが載っていた。サブスクと同じ写真である。メンバーの名前やライブスケジュール、SNSのリンク、バイオグラフィー、ディスコグラフィー。直近のリリース音源のサブスクのトップ曲が並ぶ。バンド名の由来についてはサエくん本人から聞いた話で、「眠れなくなるほどの強い効果を持つ音楽」という意味らしい。ボーカルでリーダーのトキさんが付けたバンド名で、メンバーも一致して命名されている。ラウドロックの基本のファッションが分からないけど、個性が光る黒系のファッションを基調としていて、顔立ちのいいバンドだと思った。サエくんは涼し気な表情で写っている。昨日(正確には今日の朝)まで、この子と喋っていたと思うと信じられない。結成して一年くらいだけど、プロ志向なのが窺えた。私はホームページから曲を流してみる。激しさからのメロディーは、私の心を何度でも震わせる。  三日後、私のバイト先にサエくんが来た。もう一人、男の人と一緒だった。 「うちのボーカル、トキ。俺の二個上。十九歳」  サエくんがトキさんを紹介してくれる。バンドのホームページ通り、髪色は黒だったけど、手の甲までいかつくタトゥーが入っていた。二人とも恰好が黒づくめで、トキさんは私に「はじめまして」と挨拶をしてくれる。私も挨拶を返して二人を席に案内した。注文はタッチパネルだけど、料理やドリンクは出来る限り私が持っていくことにした。幸い、そんなに混んでいないからホールに出ているのなんて私ともう一人、女の先輩ぐらいだ。奥に引っ込んだ私に、女の先輩のミライさんが私に聞く。 「イチカちゃん、彼氏出来たんだ? どっち? イケメンじゃん」 「彼氏じゃないです。あの銀髪の方。友達っていうか……。まだ知り合ったばかりで」 「どうやって知り合ったの?」 「え、夜中にフライヤー落としたところを拾ってあげて」  運命の出会いかよ、と話を聞いていた男の先輩が笑った。ミライさんはからかうように、「好きなの?」と聞いてきた。 「えっ。いえ、そういうわけじゃなくて。本当に、ただ、友達で、」  そこでオーダーが入った。私は逃げるようにプリンターからオーダーの用紙を切り取る。サエくん達のテーブルだ。ウーロン茶とジンジャーエールと軟骨揚げと串盛りが入っている。私はドリンクを作ってサエくん達のテーブルまで運んだ。ウーロン茶を確認したら、サエくんが注文していた。本当にアルコール頼まないんだね、とサエくんに言ったらトキさんが言う。 「サエは超マジメだよ。煙草も吸わないし、ノンアルも飲まない。興味がないみたい。俺はサエのために今だけ猫かぶってる」  本当に意外だな、と思った。トキさんは私を見た。 「サエに好きな子が出来たって言うから、今日は来たんだけど。サエ、バンドで一番年下だけど曲作ったりとか頑張ってるから。ライブ観にきてあげて」 「なんでトキが言うんだよ」  サエくんが不機嫌そうに言う。 「え? お前、イチカちゃんに好きって言ってないの?」 「言ってねえよ。トキが先に言うなよ」  やば、ごめん。とトキさんがサエくんに言った。私はサエくんを見る。ある程度の好意があるのはもちろん分かってたけど、好きな子ってはっきり言われると、そんな風に思ってくれてたんだ、と思う。サエくんのことは、私だって気にかかっていたから心の奥がぎゅっと疼いた。サエくんが少し照れている。 「別に、イチカちゃんなんとなく分かってただろうけど。そういうことだから。嫌だったら言って」  まっすぐなサエくんを断る理由なんて、無い。 「ありがと、嬉しい。ライブ行くから。あれからサエくんのバンドの曲聴いてたんだよ」  サエくんはぱっと表情を輝かせて、トキさんに「イチカちゃん来る時は俺の曲多めに入れて」と言った。トキさんは「最初は特別にそうしてやっていいけど、メンバーの女全員考慮出来ねえよ」と笑ってた。  それから一時間ぐらいの間だったけど、私がホールを回っていて、目が合うと必ずサエくんは笑ってくれた。レジの時はちょうど接客している時だったから、店長がレジをしていたけど、サエくんは私に届く声で、「イチカちゃん、また連絡するから!」と言った。私は頷きながらサエくんに手を振った。お客さんに「お姉さん、彼氏いるの? おもしろくねー」と言われた。サエくんに聞こえていなくて良かった。  バイトを上がって、帰り道にサエくんのSNSを見る。ストーリーに「嬉しいことあった」と書いてあって、私のバイト先の料理が並んだ写真があった。サエくんのバンドとしてのアカウントの方のストーリーには「トキと食べた。トキの知ってるラーメン屋いつも美味い」と書いてある家系ラーメンの写真があった。わざわざメンバーと来てくれたということは、サエくんは今バンドが大事で、バンドの中では一番トキさんと仲がいいんだろう。  イヤホンをして、サエくんのバンドの曲を聴いた。同じ年の男の子が、何か大事なものを見つけて、それに向かっている。私に何か大事なことってあるかな、と私は思った。まだ、私には分からない。でも、今日分かったことは一つ。私もサエくんが好きだっていうこと。私は明日、ネイルを買いに行こうと思った。サエくんの髪色と同じ、銀色のネイルカラー。サエくんのライブには、そのネイルをしていこうと思った。  日曜日に、学校がある。私は仲のいいユマとリサと一緒に美術の授業で写生をやる。ユマは進学した高校の校風が嫌で学校をやめ、リサは私と大体似た理由で学校をやめている。似た者同士だけど性格は違って、それでも私達は気が合った。お昼ごはんも一緒の仲良しだ。私達は不真面目に学校の景色を適当に描く。ユマとリサに好きな子出来た、と報告したら二人はその話題に食いついていたので、その話題は続く。ユマが言った。 「でもさあ、大丈夫? バンドマンて女癖悪いって聞くじゃん」  リサが言う。 「イチカのことは応援したいけどね。サエくんってさっき見せてもらったけど、イケメンじゃん。ファンも少なくてもいるし、怖くない?」  そう言われても。 「うーん……。サエくんも好きって言ってくれてるし、私も好きだし」 「そっかあ。まあ、ライブ観て考えてみれば? 今のところ、連絡くれてるの?」  ユマが言うから、私は正直に申告する。 「なんか、起きた時間にお互いおはようって送りあう感じ。夜に通話したり」  えー、いいじゃん、両想いじゃん、とリサが言った。周りがあれこれ言うのも違うか、とユマも言う。 「困ったことあったら言ってね。イチカって自分で考えようとする癖あるから」  ユマが言って、 「一番オシャレしてサエくんに会いに行ってよ」  リサが言った。  中学校のことと、高校のこととあって、女の子なんか大っ嫌いって思ってた。でも、二人に出会って私は少し変われたと思う。二人は私のことを敵として見ない。恋愛だって応援してくれる。こんな当たり前のことが、今までの私には足りてなかったんだなと思った。私は「普通」の世界からドロップアウトしたかもしれない。でも、まだ居場所ってどこかにあるものだった。これからどうなるか分からないけど、サエくんがそれを教えてくれているのだろうか。サエくんの自信は、イヤホンの中からだけじゃなくて、私にも自信を与えてくれている。  サエくんのライブは水曜日の夜。サエくんのバンドの曲は何度も聴いて、私の感覚になっている。その感覚を超えてくるであろう、サエくんの姿を早く見たい。
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