ノーベルト辺境伯領地

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 次の日からの午前中は、ケードリック様とサリド様、そして私を含む5人の令嬢とで屋敷や庭の案内、晴れた日には森でのピクニックや湖でのボート遊びなど領地を楽しんだ。  午後は3日に1度、ケードリック様と懇親を深めるためにふたりきりで1時間ほど庭やテラスでお話しする。  ケードリック様はあまり女性に慣れていない方と仰っていたけど、気遣いが出来る素敵な男性だった。 「ガーネットは歌を歌うんだったよね。聞かせてもらってもいいかな」  私が緊張して言葉を上手く話せないでいると、そう提案してくれたのだ。  私は緊張しながらも、準備していた歌を高らかに歌い上げた。 「凄いね、とても素敵な歌声だったよ」と喜んでくれた。  本当は童謡の方が好きなのだけど、淑女らしくいるためには仕方がない。  ふたりきりでお会いする回数が増えるたび緊張は解け、ケードリック様の事を好きになっていく一方で、本当の自分をさらけ出すタイミングを失ったままだという事に心が痛んだ。  午後にケードリック様にお会いできない日は、自室で読書や刺繍の練習をした。でもそれも飽きてきたので、ナナと一緒に屋敷の散策をする。 「あ、ナナ。ちょっとここで待っていて」と私は厨房へ向かい、料理長に話をさせてもらえるようにお願いした。 「いつも美味しい料理をありがとうございます。私の実家の領地での料理も最高に美味しかった」 「いや、あれはケードリック様のご指示で。ご実家を離れた生活はご令嬢には辛いものだろうからと……」と照れながら話す料理長。 「昨夜の『キュパニエル鳥』の煮込みもどなたかのご領地の料理なのかしら?」 「いや、あれは田舎料理で……」 「森にある『ガララ』の実を一緒に煮込むと、後に残るエグみが無くなるわ。今度試してみて」  森の散策の時に見かけた『ガララ』。実際に実っているのは初めてみた。 『キュパニエル鳥』の肉は実家の方では安価で手に入りやすく、よく奉仕作業での炊き出しで使っていた。『ガララ』を手に入れてエグみさえ取り除けば、高級肉に引けを取らない。 「ありがとうございます。いくら煮込んでもそのエグみだけが残るので強めの味付けにしたのですが、やはりわかりましたかね」と恐縮する。 「エグみがあって当たり前、と思っていたら気にならないかも知れないわ。それよりこの事、内緒にしておいてね。私が料理をすることを、ケードリック様に知られたくないの」  招待された家の料理の味付けに口出すような娘は、出しゃばりだと思われるかもしれない。 「わかりました、今は内緒にしておきますね」と料理長。  そして私はケードリック様が居ないところで本領発揮をし続けるのであった。  畑に出向いては「この野菜とこの野菜は離して育てたほうがいい」と助言し、湖に向かっては溺れている子供を自ら助け、調子が悪くなりそうな馬車の異音を聞きつけては整備を促し、忙しそうなメイドに代わって繕い物をどんどん仕上げていく。 「ケードリック様には内緒ね」と言い残して。
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