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出会い
忙しくて日付が変わるまで仕事に追われていたが、ようやく一段落ついて会社を出て時間を確認すると、丑三つ時となっていた。
電車があるわけもない。タクシーも通っていない。明日が休みということもあり、とぼとぼと歩いて帰る選択をする。
疲れているはずなのに、空にはまん丸の月が浮かんでいて、歩けば追いかけてくる気がしてわくわくしていた。
「月の兎は、ずっと生き続けてるって本当なのかもな」
ぽつりと言葉が宙に舞う。
夜は肌寒くなってきたせいもあり、背筋にぞくっとした感覚が走った。
家の近所である土手に差し掛かった時、そこに三角座りをして膝に腕を置き、顔を伏せている人影を見つけた。
白い服を身に纏った短髪の男――。通りすぎればいいのに、どうしてか引き寄せられるように勇作はそちらへと向かっていく。
「あの……どうかされましたか?」
こんな時間にこんな場所で一人でいるなんて何もないわけがない。そう思ってしまうのは、彼の容姿がとても寂しげで儚く見えてしまったから――。
「大丈夫ですか?」
一歩近づいてもう一度声をかけると、伏せていた顔がゆっくりと起き上がって視線がかち合った。
「泣いてたの?」
「ねえ、知ってる? ウサギって寂しいと死んじゃうんだって……」
「えっ?」
「おれ、このままじゃ死んじゃうかも……」
力なく告げられた言葉に、いけないとわかっているのに腕を伸ばしていく。
「だったら、うちすぐそこだから休んでく?」
「いいの?」
「このまま放ったらかして死んだなんて知るの嫌だし」
「まあ、確かに……」
差し出した手を静かに握りしめると、男がすっと立ち上がる。勇作よりも高い身長の割に細身の体格。でも切れ長のしゅっとした矯正な顔立ちは、一瞬で勇作の心をかっさらっていく。
そのまま、二人は拳一個分の距離を保ち土手を歩きながら勇作の住むアパートへと向かった。
築年数50年以上という古いアパートは、階段を上がるときにコツンコツンと音を立てる。そこには確かに二人分の足音があり、すぐ後ろに人の温もりを感じていた。
心臓がどくんどくんと鳴り止まない。
勇作は、その理由が何かをちゃんとわかっている。
「どうぞ、入って」
「じゃあ、お邪魔します」
鍵を開け中へ入れるように体をずらすと、男は勇作の前を通りすぎ部屋の中へと入っていく。
迷うことなく窓のそばへ行くと、まん丸の月を見上げていて、その後ろ姿に見惚れてしまう。
「あなたの名前は?」
「俺は旺志郎だ。お前は?」
「僕は、勇作……」
「勇作……こっちに来い」
「はい……」
まるでコマンドされたみたいに旺志郎の元へと歩み寄れば、腕を掴まれぐっと引き寄せられる。そしてその顔を見上げると、まるで「キスしろ」と命令されたように自分のかかとを地面から離して背伸びをし、唇を重ねた。
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