月に映る兎が恋しい

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月に映る兎が恋しい

 目が覚めると、そこに旺志郎の姿はなかった。  真っ先に目についたのは、月明かりの一筋の光が勇作のお腹の中心に照らされている。自然とその場所に触れて、勇作は月を見上げた。  月が見えなくなるその瞬間まで勇作の傍を離れることのなかった旺志郎に月明かりが照らされて迎えがきたことを悟ると、旺志郎は天を仰ぐように顔を上げ目を閉じた。  眩しい光に包まれて体がふわりと浮き上がると、そこから意識はなくなっていく――。 「勇作……」  戻ってきてからも忘れることの出来ない確かな記憶がある。 ――もう一度、会いたい――  そう願っても叶うはずのない夢を見る。  ここから見守るだけでは物足りないと、この腕の中に抱き締めたいと強く願う。  たとえ叶わないとわかっていても――。  だんだんと大きくなっていくお腹を見るたびに、あの日のことを思い出す。  とても綺麗な満月の夜だった。  疲れきった日常に柔らかな風が吹いた気がした。  始まることのない出会いだと感じながらも手を伸ばさずにはいられなかった。欲しいと思った。今すぐに彼を抱き締めたいと思った。後悔なんてしていない。だって、きっと僕のことを見てくれていると信じて疑わないから。  あれからもうすぐ十月十日が経つ。  そろそろこの子が生まれてくる頃だろう。  愛する人との間に授かったかけがえのない生命を、とても愛おしく思う。  出会った瞬間に恋をした。たった一度しか会っていない、名前しか知らない男を愛していることには何か意味があるはずだ。  あの昔からの言い伝えである月にいる不老不死の兎に出会えたのかもしれないと思えて仕方ない。  だとすれば、その生命を繋いでいきたいと思う。  空に浮かぶ月をじっと見つめれば、杵臼をついている兎の姿がはっきりと映っている。  大丈夫、僕があなたの分までこの子を愛してあげるから――。  安心してくれて大丈夫だよ。  そう伝えながら、勇作は月に向かって微笑んだ。 Fin.
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