第一章

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「ふわああ……眠っ」 「おいっ、早くプリント出せ」 「プリント? って何だ」 「チッ……荒川の涎で、汚れている。それだ」  授業中に寝てしまったようで、委員長に起こされた。見上げて見ると、機嫌が悪そうに俺を見下ろしている。  欠伸をして背伸びをして、俺の涎で少し滲んでいるプリントを渡した。すると睨んで、自分の机に座った。  切れ長の瞳で、中性的な見た目をしている。あまり興味はないが、綺麗な方だとは思う。  百八十センチある俺よりも、少し背が低いぐらいだ。線が細くて、少し心配になるぐらいだ。  黙っていれば、そこそこの美形なんだがな。俺にだけやたらと、冷たいんだよな。  そう思っていると、幼なじみの永井(ながい)理人(りひと)が話しかけてきた。サッカー部に所属していて、かなりモテる奴だ。  俺よりも少しだけ背が高くて、細マッチョタイプだ。鼻筋が通っていて、爽やかな感じだ。  俺の前の席で、後ろを向いてきた。顔がニヤついていて、面白がっている。 「山城は今日も今日とて、隆弘にだけ冷たいな」 「ああ、だな。ふわああ……」 「眠そうだな。今日も徹夜か」 「ああ……まあな。あいつらが、寝かしてくれなくて」  俺がそう言うと、クラス中からヒソヒソと話し声が聞こえてきた。おおかた、よくない噂だろう。  俺はこの手の噂をされることが、多いんだよな。金髪に、ピアスをしているからってところだろう。  これは只のファッションだし、誰にも迷惑をかけていない。したがって、誰かに文句を言われる筋合いはない。 「お前、誤解を生むような言い方するな」 「はあ? 何が」 「お前が、弟と妹の面倒を見ているからだろうが」  理人がそう言うと、クラス中が更にヒソヒソを噂話をし始めた。弟は遊んでほしいし、妹は洗濯物を投げてくる。  そんな感じだから、色々と忙しい。会話の内容に興味がないため、俺は便所に行くことにした。 「はあ……」  後ろから理人のため息が聞こえたが、気にしないことにする。事情を知らずに、勝手なことを言う奴らなんて興味ない。  俺の家は貧乏である。理由は三年前に親父が、交通事故で死んだ。  それ自体は悲しかったが、小学生の弟と中学生の妹を守ろうと思った。母親は介護の仕事をしていて、連日忙しそうだった。  それだけでも辛いのに、親父は人が良かった。会社の後輩の連帯保証人になって、多額の借金を残した。  保険とかで、だいぶ返すことはできた。それでも、利息を支払続けなければならない。  俺は父の代わりに、家族を守ることを決意した。勉強はできる方じゃないし、学校に行くよりも仕事をしようと考えていた。 「ダメよ。隆弘は、高校に行きなさい」 「……分かった。バイトぐらいは」 「ダメよ。あんたバカなんだから、勉強に専念しなさい」  お袋に泣きながら言われて、何も言い返すことができなかった。そのため、公立の高校に入学する必要があった。  俺が通っている高校は、家からも近い。交通費をかけなくてもいいし、何より学食が安い。 「(たすく)玲奈(れいな)を守れるのは、あんただけよ」  そう言われてまだ幼い二人を、守ることを決意した。そのこともあってか、バイトせずに家のことをすることにしたのだ。  放課後になって、俺は担任に職員室に呼ばれている。遅刻したり授業中に寝たりしたため、怒られている。 「荒川! 聞いているのかね!」 「あっ、はあ〜い。ふわああ」  いつものことながら、話が長いんだよな。入学してから、既に二週間が経過している。  この前の入学して直ぐのテストで、赤点ばかりを取った。そのことで、今もぐちぐちと嫌味を言われている。 「はあ……金髪だし、ピアスはつけているし。何故うちみたいな進学校に、来たのかね」 「家が貧乏だからです」 「それに関しては、気の毒だとは思うが……」  担任も俺の家の事情を知っている。少しは融通を利かせてくれているが、限度はあるだろう。  金髪だったりピアスだったりの、装飾品はうちの学校は校則が緩い。話によると、進学校だから言わなくてもしない生徒しかいなかった。  そのため、敢えて校則を設ける必要がないらしい。このピアスは親父が、間違えて買ってきたやつだ。 「なんか、綺麗なやつ買ってきたぞ」 「親父、これピアス」 「あっ、そうなのか? まあ、気にするな」  基本的に適当というか、無頓着だった。そんな親父が最後に買ってくれたものだ。  これをつけていると、身が引き締まるんだよな。家族も守らなくては、いけないと思わせてくれる。  家事を一人で担っているから、中々に忙しい。勉強をする時間も確保するのも、やっとも思いである。 「事情は知っている。勉強する時間も足りないのだろう」 「まあ……そっすね」  俺は後頭部を掻きながら、欠伸をしつつ答えた。加えて、家のこともしなくてはいけない。  二人は俺と違って成績も良くて、いい子だ。そんなには手はかからないとはいえ、まだ子供だ。  寂しかったり、怖かったりもする。俺は二人を寂しくさせないために、色々と慣れないながらも家事をしている。  有難いことに、じいちゃんとばあちゃんがお金を出してくれている。それでも色々と、カツカツな状態だ。  しかしまだまだ、お金は必要だ。具体的なことは知らないが、そんなの簡単じゃないことぐらいは知っている。 「気の毒だと思うが、この成績だとな。中間は厳しいぞ」 「そんなっすか」 「ああ……赤点一つでもあると、後で響くからな」  担任はため息をつきつつも、心配しているようだった。俺だって、寝る間も惜しんでこの学校に入ったんだ。  簡単には、留年とかそんな風になるわけにはいかない。しかし実際問題、中々に厳しいのも事実だ。  担任にそう言われて、今日は小言が終わった。職員室から出て、またもや欠伸が出てしまう。  昨日、弟の体操服を直して徹夜したんだよな。背伸びをして、学校を後にしようとした。 「俺以外を見んなよ」  いきなり大きな音がして、喧嘩かよ。そう思って止め行くと、階段のところで男同士で顔を近づけていた。  壁ドンっていうやつをしていて、されている方に見覚えがあった。いつも口煩くて、俺に何かと突っかかって来る奴だ。  委員長をしていて、生徒会副会長をしている。まだ一年なのに、生徒会長直々にご指名があった。  名前は確か……そう考えていると、またもや壁をドンっとする音が聞こえた。 「美涼」  そうだ……思い出した。山城だったな。でも……びりょうじゃないのか。ずっとびりょうだと、思ってた。  そんなことは、でもいい。大事なのは、二人がそのままキスしてしまったことだ。  俺は思わず急いで、階段を駆け降りた。急いで靴を履いて、校庭の前を通り過ぎた。 「あっ、おーい! 隆弘!」  途中で、理人に声をかけられた。しかし俺はそれどころじゃなく、一目散に家に帰った。
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