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「はあ……はあ」
玄関に入って、その場に崩れ落ちた。頭を抱えて、今見た光景を思い出してしまう。
山城は確かに、美形だと思う。名前的にも、女だと思っていたしな。
黒髪でまつ毛が長く、授業中はメガネをかけている。女子たちが、美人だと騒いでいた。
確かに色白だし、美形だと思う。だからと言って、男同士でキスとかあり得ない。
「兄、邪魔」
「あっ。すまん」
玄関で項垂れていると、中学生の妹が帰ってきた。何事もなかったかのように、素通りして二階の部屋に行った。
兄が、悩んでいると分かっただろう。少しは心配するとか、興味を持てよ。
まあ、聞かれたとこで言えないけど……。俺はがむしゃらに、家事をこなした。
「あーーーー疲れた……はあ」
風呂入って、飯食った。人通り家事も終わらして、二人を寝かしつけた。
部屋の時計を見ると、十二時を過ぎていた。はあ……何も考えたくなくて、しなくてもいい家事をしてしまった。
そこでスマホが鳴り響いて、画面を見ると理人からだった。俺はため息をつきつつも、電話に出た。
「どったの」
「なんで、無視していくんだよ」
「あー、悪い。急いでたわ」
何事もなかったかのように、言うと電話口でため息が聞こえた。こいつは昔から、何かと敏感だ。
俺に彼女が出来た時も、いつも直ぐに気がついてしまう。俺ってそんなに、分かりやすいのか?
幼なじみだから、こいつが特別なのかもしれない。おおかた、俺に彼女ができるのが悔しいのだろう。
でもこいつだって、黒髪の爽やかイケメンだ。両親がモデル並みに綺麗だし、いつもしっかりしている。
「ってことで……おい、聞いてんのか」
「あっ……悪い。何だっけ」
「はあ……忙しいのも分かるが、人の話聞けよ」
「あー、わりい」
何かを言っていたらしいが、全くもって聞いていなかった。するとため息をついて、話をし始めた。
「明日の林間学校の時だけど。佑くんと玲奈ちゃんは、うちで預かる感じで間違いないか」
「ああ、すまんな。お袋は、夜間があるから」
「気にすんな。困った時は、お互い様だからな」
「すまん。恩にきる」
「水臭いこと言うなよな。じゃあ、また明日」
「おう、おやすみ」
電話を切って、ため息が漏れてしまう。明日の林間学校か……正直家を開けたくないが、仕方ない。
理人の両親は、昔から優しく接してくれている。親父が健在の時は、よく遊園地に二家族で行っていたな。
すると急に、涙が溢れてきた。止めどなく溢れてきて、俺は暫くの間泣いていた。
気がつくと朝になっていて、顔を洗っていた、すると洗面所に、妹が来て心配そうに見ている。
「……明日は、何時に帰ってくるの」
「三時ぐらいだな」
「ふう〜ん。あっそ」
興味なさそうに、俺の隣に来て顔を洗っている。その姿を見て、可愛いなと思った。
頭を撫でると、するどい目つきで睨まれた。そのままリビングに向かったようで、勢いよく扉の閉まる音がした。
「素直じゃないなあ」
近頃、反抗期になってきた。前はもっとべったりだったのに、今では口を聞いてくれない。
世のお父さんの悲しい気持ちが、この歳で理解できる。娘にあんな態度とられたら、悲しくなってしまう。
「お兄ちゃん! お腹空いた〜」
「おう、すまん。今作るからな」
洗面台で項垂れていると、そこに弟が来た。急いで三人で、食事を作った。
我ながら、よく出来た朝食だと思う。ご飯に納豆に鮭に、味噌汁にお漬物。
日本人と言ったら、やっぱ和食だよな。俺が自分の主婦顔負けのスキルを、自画自賛している。
その前に座っている妹が、引いた目で見てきた。ため息をついていて、具合でも悪いのかと心配になった。
「どこか痛いのか」
「兄には、一生無縁の話」
「そうなのか。何かあったら、言えよ」
「チッ……行ってきます」
舌打ちをして、食器を流しに入れて学校へと向かった。弟も気にせずに、食器を流しに入れて学校へと向かった。
少しぐらいは、お兄ちゃんを気遣ってよ。最近、弟も反抗期が始まってます。
ため息をついて、三人分の食器を洗った。荷物を持って玄関を出ると、そこには理人がいた。
「よっ、行こうぜ」
「なあ、聞いてくれ」
今日あったことを話すと、欠伸をしていた。俺が真剣に悩んでいるのに、何でそんな平然としていられるわけ。
学校に向かっている道中、ずっと俺の愚痴を聞いてもらった。興味なさそうだったが、聞いてくれた。
「女の子には、色々とあるんだよ」
「なんだよ。色々って、反抗期になる理由なんてあるのかよ。俺はいつだって、あいつらを」
「その過保護がウザいんだよ」
「……ぐすん」
「泣くなよ」
こいつには、歳の離れた姉貴がいる。そのためか、俺よりも詳しいみたいだ。
今まで彼女はいたが、長くて一週間ぐらいしか付き合えていない。何故か直ぐに、イメージと違ったと言われる。
俺は意外って思われるみたいだが、一途なところがある。そこがもしかして、重いって思われるのかもしれないな。
気がつくと、学校に到着したようだった。校門の前には、クラス分のバスが止まっていた。
「早く乗ろうぜ」
「そうだな」
二人で三組のバスに乗り込もうとすると、委員長が点呼をとっていた。
その姿を見て、昨日の光景を思い出した。急激に恥ずかしくなって、全身が熱くなった。
目が合ってしまって、咄嗟に理人の後ろに隠れた。ため息をつかれて、何も言われなかった。
一瞬悲しそうにしていたのが、気になった。すると直ぐにいつもの、仏頂面に戻った。
「何してんだ。行くぞ」
「おう」
気にしないことにして、俺は真ん中付近に座った。理人は隣に座ろうとしたが、サッカー部の仲間に呼ばれていた。
「俺のことは気にすんな」
「薬飲めよ」
「ふぁーい」
理人は心配そうに何度も振り返って、一番後ろに座った。俺だって後ろに座って、皆んなとワイワイしたい。
しかし俺は昔から、乗り物酔いが激しい。バスだけでなく、車も飛行機も全部ダメだ。
幼稚園の時は、バスに乗ると戻していた。今は少しよくなったが、それでも最悪なことにならないようにしている。
「はあ……」
「僕が隣にいるのが、そんなに不服か」
「つっ……山城」
目を瞑って何も考えないようにしていると、いつの間にか隣に山城が座っていた。
機嫌悪そうにしていたが、俺は思わず口元を見てしまう。綺麗なピンク色をしていて、柔らかそうだった。
「い、おい。聞いてんのか」
「あっ……」
「チッ……」
目の前に顔があって、急激に恥ずかしくなった。男を見てこんなに、ドキドキするとか何かの間違いだ。
これはあれだ! バスに酔ってしまって、心臓がバクバクいっているだけだ。
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