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「そういう話じゃねぇんだけど……」
「じゃあ、どういう話なんですか?」
「少々の怪我は、やっぱある程度は仕方ねぇっていうか」
「ある程度」
「……ある程度」
「言いたいことは分かりますけど、怪我はしないにこしたことはないです」
珍しく譲らないリージェにややしてメルテは頷いた。
「……わかった」
「わかってもらえてなによりです」
リージェは密やかに息をついた。よかった、と内心ほっとした。
本当にわかってくれたかどうかは怪しいが、ひとまず大人しくタルトに口を付けるメルテに、リージェは静かに告げた。
「今度出る時は、私も同行しますから」
「え……」
メルテが驚いたように顔を上げる。
「え……え、でも、お前魔物怖いんじゃ……」
その言葉に、今度はリージェがぱちりと瞬く。それから小さく苦笑する。
「別に私、魔物が怖くて離れたわけじゃありませんよ」
「そうなのか?」
「ええ」
リージェは微笑って頷いた。
勝気で喧嘩っ早いメルテに、昔は守られる一方だった。だけどいつしか上背もリージェの方が高くなり、今では十センチ以上の差ができている。魔法の腕もリージェの方が上だ。
近接戦や純粋な力比べでは確かにメルテに分があるだろうが、そこに魔法を絡めていいならリージェだって負けはしない。メルテがそれに気付いているかは別として。
「……そこは気持ちの問題です」
「気持ち?」
「はい」
メルテは瞬き、首を傾げる。
「気持ち……」
けれども次にはそう呟いただけで、それ以上は何も言わなかった。
何も言わず、残りのタルトを口に運んでは味わうように咀嚼する。まもなく空にした皿にフォークを戻し、かたわらのマグを引き寄せる。存外長い睫毛が伏せられる。リージェの用意したカフェオレは、あいかわらずメルテ好みで美味しかった。
こくんとそれを数口嚥下してから、ふいにメルテは破顔する。
「よくわからねぇけど、リージェが同行してくれんのは嬉しい」
向けられた笑顔はどこか懐かしくも見え、リージェは一瞬閉口する。それからつられるように微笑んだ。今度こそ本当にわかってくれたのかもしれない。
リージェは胸の奥が温かくなるのを感じながら、倣うようにマグを傾ける。
「食べ終わったら、包帯をかえましょう」
包帯を替えて、新しい装備を調えて、そして、
「薬もちゃんと飲んで下さいね」
できるだけ傷が目立たなくなるよう、治癒魔法もかけ直さないと――。
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