奥尾柔志

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奥尾柔志

 ピピッと電子音が鳴る。  ボクは液晶表示を見つめるとふーっと長い息を吐いた。  いつもボクは間が悪い。  5年前のあの時もそうだった。  あの時のリベンジをしようと思っていたのに……。  液晶画面に表示されているのは39.7の数字。  熱があるとわかると、急に体が重く感じてくる。  何だか船の上にいるみたいに頭がふわふわしている。  ああ、みんなとゲームがしたかった。  他のプレイヤーとの腹の探り合い、騙し合い。時を忘れて戦略を練るのに没頭する。あのひと時がたまらなく懐かしい。  特に大自君、彼は本当に強かったな。  彼と新しいゲーム『非常階段』をぜひやってみたかった。  そして藤好さん。彼女はまだあんな生活をしてるんだろうか。  ついエロい期待をしてしまう。  後から気づいたんだけど、ボクは案内状の差出人を書くのを忘れてしまった。  でもきっとみんなわかってくれてると思う。一言ずつコメントを手書きしておいたから。  でも、朝日君、彼へのメッセージは少し考えてしまった。  彼は可もなく不可もなく、というか特に思い出深いエピソードもないんだよね。  言っちゃ悪いけど、普通過ぎて存在感薄いというか……。  だから『同窓会楽しもう』ってありきたりのコメントにしておいた。  それにしても、どうしてメッセージアプリが繋がらなくなっちゃったんだろう。  ボクは本当にこういうデジタルツール苦手なんだ。  ゲームだけじゃなく、やっぱり何でもアナログの方がいいな。  それでも優しいみんなは怒らなかった。  ジュースを買ってきてもらったのにゲームに夢中で忘れちゃっても、調子が悪くて何故か負け続けちゃった時も、みんなは怒ったりしなかった。  でもさすがに卒業合宿当日ドタキャンなんて腹を立てているだろう。そう思うとヘタレなボクはその後同好会の集まりに顔を出すことができなくなっちゃったんだ。  大きな目がクリリと可愛かった後輩の佐藤さんが、事故でいなくなっちゃったっていうのもあったし。  でも、ちゃんとみんなに謝らなくちゃいけないとは思っていた。  朝起きたら発熱してて、みんなに連絡しようとしたけど、どうしてもアプリが繋がらなかった。そう正直に言えばきっとみんな許してくれる。  それはわかっていたんだけど……。  どうしても勇気が出せず、そのまま卒業を迎えてしまった。  ボクはずっとそれを後悔してたんだ……。  おばちゃんが亡くなって、あの古びた洋館を相続した時、ボクは嬉しさのあまり小躍りしてしまった。  だって山の中の古い家は『locked room』の世界観そのものだったから。  あそこで卒業合宿のリベンジをしよう。  そうしたらボク達は以前のような仲に戻れるかもしれない……。    そう思ったボクは、『locked room』の世界観を忠実に再現する為に黒い車とメガネをかけた運転手も用意した。  車の中に睡眠薬を仕込んだジュースを用意したのはサービスだ。  ゲームでは目覚めたら洋館の前だったという設定になっているからね。  ああ、本当に残念で仕方がない。  結局あの洋館に集まったのは4人。  今頃彼らは『locked room』をプレイしているだろう。  誰が犯人か、疑心暗鬼になってお互いの腹を探り合いながら……。             〈完〉
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