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 桜井さんが成績優秀なのは学年でも有名だったけど、進級して同じクラスになって、個人的には見た目がちょっと好みだなと思った。でも、それだけだった。僕たちの間には共通点が何もなかったから。 ただひとつ、きっかけになりそうなのは本だ。 彼女はいつも一人で机に向かって本を読んでいる。カバーが掛けてあるから、どんなのが趣味なのかはわからないけど、ページをめくる速度や時々見せる切ない表情、うっとりと世界に入り込んでいるような素振りから、漫画ではなさそうだと思っていた。僕もラノベや漫画はよく読むし、別にそれが悪いわけじゃないけどね。 読書しているだけなのに、その仕草はとても眩しくて、声をかけるにはあまりに崇高すぎた。  遠くから眺めてるだけでもいいな そこに彼女がいるだけで、僕は何だか満たされた想いだった。他の男子たちと他愛もない話をしている時に、ふと彼女の横顔が視界に入る。その眼鏡の奥の真剣な眼差しに、いつも僕の胸は熱くなった。  僕が学校帰りに彼女を見かけたのは、偶然に駅の近くの公園を通りかかった時だった。 やたらと鳥の鳴き声が聞こえるなと思ってよく見ると、数羽のカラスたちが小さな動物をつついている。  猫か? 春は猫の繁殖期だ。 どうやら母親からはぐれた子猫が、餌食になりかかっているようだった。 『こらー! やめなさーい』  助けに行こうと思っていると、急に女子の大きな声がしてカラスが一斉に飛び立った。 それが桜井さんだった。 彼女は子猫を抱き上げてベンチに座った。僕はそうっと近づいていって、彼女の死角に入るとこっそり様子を窺うことにした。 『もう大丈夫だよ。怖かったね』  子猫はまだ心もとないのか鳴き続けている。制服が汚れるのも構わず、彼女は子猫を胸に抱きしめた。 『きみの目、すごく綺麗だね。つつかれなくてよかったね』  優しく話しかけながら他に傷がないか確かめると、彼女はすっくと立ち上がった。 『取りあえずおうちに帰ろう。きみを置いてもらえるか、お母さんに聞いてみるね』  子猫にふわっと微笑む彼女は、教室で澄ましている姿と違って、とても可愛らしかった。 僕はあの時、彼女に恋をしてしまったんだ。
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