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「ただいま」
私は、おそるおそる玄関を開けた。
すると、テレビの音が聞こえてくる。
リビングに続く、曇ガラスの扉をそっと開くと、ソファーに座る父を見つける。
「お父さん、私……」
父に謝ろうと思っても、喉が詰まって声がでない。
無理に話そうとすると、言葉よりも先に涙がこぼれた。
母には強い事を言ったけど、私は怖かった。
『本当の子供じゃないから出て行け』と言われても仕方のない言葉を父に投げつけてしまったから。
謝ろうと思っても、拒絶されたらと考えるだけで胸が痛い。
父が私に気づいて顔を上げた。
その表情は、家出をした娘が帰って来た喜びよりも、戸惑いの色が濃くでていた。私が父に付けた傷は、癒えていないのだろう。
それでも、なけなしの勇気を振り絞り、声をだした。
「お父さん、本当にごめんなさい」
自分の声が思っていたより小さく震えていた。
父は困ったように眉尻をさげ、ゆっくりと話しだした。
「愛未……俺に言った言葉、覚えてるか?」
私は黙ったまま、微かに頷いた。
「『本当の父親じゃないくせに』って言われた時、俺はどれだけ傷ついたか分かるか?」
父の言葉に、胸が痛む。父から拒絶されることが怖いくせに、私は父を拒絶する言葉を投げかけていた。
自分の犯した過ちを思い知り、怖くて逃げだしたくなる。でも、ここで逃げたら二度と父に会えなくなってしまうだろう。
「ごめんなさい」
「俺は、お前が小さい頃からずっとお前のためにやってきた。母さんがいなくなってからも、俺一人でお前を育てるのがどれだけ大変だったか…」
そう、父はいつだって私を大切にしてくれていた。私が笑顔でいられるようにと心を砕いてくれていたのだ。たくさんの愛情を注いでくれたのも父だった。
父は話を続けた。その声は、涙を堪えているのか、少し震えていた。
「お前を娘として愛しているんだ」
口から出た言葉は、消せない。
私は酷い言葉を投げつけたのに、父は私に愛情を見せてくれる。
「お前が出て行った時、俺は本当に悲しかったし、ショックだったよ。例え、血は繋がっていなくても、お前は俺が愛情をかけて育てた娘だ。どれだけひどいことを言われても、お前に対する愛情は消えなかった」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。私、間違ってた。お父さんがどれだけ私を愛してくれていたか、知っていたのに……私、お父さんと暮らしたい。ずっとここに居たい。この家に帰って来たいの」
父の大きな手が、私の頭をくしゃりと撫でた。
大好きな優しい声が聞こえる。
「うん、よく帰って来てくれた。愛未、おかえり」
「ただいま、お父さん」
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