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洋子は初対面の人に余計なことをしゃべったかなという気持が湧いたが、生まれた土地のものが褒められ、つい口にしてしまったようだ。
「遅い時間にお邪魔して申し訳ありません。さっそく本題に入らせていただきます。実は」
そう後藤が話し始める。その次に後藤からでた話は、にわかに信じがたいことであった。
後藤は、今まで一言も口を開いていない、何となく不気味な前田という男を指さすと、「こちらは、先日亡くなられた謙一様のお父さんなのです」と洋子に告げる。
そこで初めて前田という男は、ニヤッと頷いたように見えたが、相変わらずの無表情で洋子を見つめていた。
「え、なんですか、もう一度お願いします」
洋子は驚きもあってか、後藤から発せられた言葉をすぐには理解することができなかった。というのも、夫の謙一には西園寺省吾という立派な父親がいた。母親は早苗というが、二人ともすでに亡くなっていた。
後藤の言葉はどんな意味であるのか、これからどんな話が出てくるのかは全く予想できなかったが、洋子には弁護士は別にしても、目の前の不気味な男が好ましい話を持ってきたとは到底思えなかった。
「ええ、ですから、こちらの方は亡くなられたご主人、謙一様の父親であると」
洋子は、「は、おとうさまですか」と後藤の言葉を途中で遮る。
「はい」
「ちょっと待ってください。後藤さんとおっしゃいましたか、なんだかよく分かりませんが」
「そうですよね、いきなりのお話で戸惑われるかと思いますが」
「はあ」
洋子は、次の言葉も出ず肩を落とすと沈黙する。
どのくらいの時間であったか、ほんの一、二分であったかもしれないが、テレビやラジオなどの音のない静かな時間は、洋子の気持ちを暗闇に沈めるに十分であった。
洋子は、その息苦しさの中かからようやく自分を取り戻すと、「申し訳ありませんが、今夜のところはこれで」と告げ、その言葉を終えないうちに立ち上がり、後藤達にリビングの扉を指さす。
そこには『もうお帰りください』という、強力な意思が示されていた。
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