あの夜に響いたチャイムは何を告げた

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 両親の事故死から一年ほどが過ぎる。  会社も安定しており、妻である洋子にも何不自由のない生活をさせてくれていた。  子供がいないことを除けば、他人から見れば羨望の眼を向けられる立派な夫婦生活をしている。二十九歳になる洋子も、『ただいま』と元気よく帰ってくる子供がいたらと、たまに思うことがある。  子供は嫌いでない。むしろ好きで、大学では児童文学を学び、自分でも童話や絵本を描いている。それを自費出版してもう四冊になるが、それらを地元の保育園や幼稚園などに配り、場合によっては読み聞かせをしていた。  そんなことが話題になって、出版社から本格的に出版しないかという声があったが、洋子は断っている。それを商売にする気もお金も必要ないということから、あくまでも自費出版という自由な居場所でいることに心地よさを感じていた。  そんな二人の幸せな生活を根底から打ち砕いた出来事が起こる。  謙一は、ある晩のこと、夕食を終えた時に気分が悪いと自宅で倒れた。洋子は驚いてすぐに救急車を呼んだ。  検査の結果、肝臓がんであることが判明した。それまでは仕事にかまけて少しくらい調子が悪くても、病院で診てもらうなんてことはなかった。    謙一は、入院して四か月も持たず亡くなってしまった。
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