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あの日から二日して、残していった言葉通り、後藤達が昼すぎに現れた。
タクシーから降り立った男が、門のチャイムを押す。この間は重要な話があると言われたが、洋子はそれを遮って帰ってもらった。だが、内容が夫・謙一の父親ということでは、聞かない訳にはいかない。
洋子の気持ちはいくらか落ち着いたが、相手の出方も分からず、心の中は不安でいっぱいである。
「うまいお茶ですね」
お茶を口にしてから、後藤は「長居もできませんので、さっそく続きを」と言う。
そしてカバンから本のようなものを取り出し、洋子の前に広げる。それは前田家・三枝家結婚式と書かれたアルバムであった。洋子は、謙一の母親の旧姓が三枝だと聞いたことがあった。
ただ、それだけではこのアルバムにいる人が、謙一の両親であるという証拠にはならない。三十数年前のアルバムには、夫である前田雄太と妻である三枝早苗という人物が写っていた。確かにそこにいた新婦は謙一の母、早苗に似ているように見えた。
だが、目の前にいる先ほどから一言も発しない前田という男とアルバムに写っている男性とが、同一人であるという印象がまるでない。
そこには若くて溌溂とした青年が笑っていたが、目の前にいる男は年をとって目も落ち込み、どことなくすさんだ風貌は似ても似つかなかった。
後藤は、次に普通のアルバムを開いて見せる。それがアルバムと言えるかどうか、薄っぺらの四枚ほどで、どのページも写真がはぎとられていて、一ページに一、二枚ほどしか残っていなかった。
ただそこには、一歳にもならない赤ちゃんと母親、その夫らしき人物が写っていた。確かに結婚式に写っていた新郎新婦であることが分かる。
そして、後藤が最後に差し出したのは離婚に関する書類で、謙一は早苗が引き取り、その後は一切、前田は早苗母子に関わらないと書かれた、黄ばんでくしゃくしゃの念書であった。
「これで、お分かりですかね。こちらの前田さんは謙一さんの母親、早苗さんと結婚していたこと。そして父親であることが」
後藤は、洋子を正面から見つめると凄みを利かせた言葉を投げつける。
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