わたしの運命は全何冊なのやら

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わたしの運命は全何冊なのやら

「ほらほらっ、ルミちゃん笑って……撮るよー」  わたしのお母さんはカメラが好きなようだ。スマートフォンのカメラ機能でわたしを撮影する時なんかは目が燃えている気がする。  だからか、今日もわたしはピースサインをした。  お母さんがよく言っている「写真は運命の一部みたいなもの」というポリシーがそうさせるのだろう。  次は顔の近くでダブルピースをしてみたり。まだ満足できないらしい、そろそろポーズのレパートリーがなくなりそうなのに。  そういえばお母さんが「アルバムはお母さんにとっての運命の一冊目みたいなものなのよー」と口にしたことがあったような。  なんでそう言ったんだっけ? よく思い出せない。  今日はスカートじゃなくて良かった、とはいえ逆立ちは得意ではない。ので、すぐにブリッジの体勢になってしまったがそれもお母さん的にはポーズをとってくれたのだと思ってくれたようだった。ラッキー。  お母さんは自分のアルバムをわたしに見せるのも好きらしい。数えきれないほど見たはずなのに……毎回毎回知らない写真がいくつか必ずあった。  確か「運命の一冊に選ばれない本」というタイトルの小説に似たようなエピソードが書かれていたっけ。  要約すると記憶力の問題だとかなんとか、もう忘れてしまったけれど。 「ルミちゃんもたまにはツインテール以外の髪型にしてみよっか」  わたしが首を横にぶんぶん振るとお母さんが笑った。  話題を変えるためにテーブルの上に置かれているアルバムの写真の一枚を指差す……それは今のわたしと同じぐらいの頃のお母さんと男の子のツーショットだった。  今まで見たことのないものだった。  その写真の男の子について聞いても、お母さんはにやけるだけでまともな返事をしてくれない。当時の同級生であることだけはなんとか聞けた。  お母さんの初恋相手だと、ぼそりと教えてくれる。  写真の男の子はお父さんっぽい感じはしなかった。  恋とはなんですか? と宇宙人の子供に聞かれたら、図書室にある本を偶然にも同じタイミングで手にとってしまうような相手と出会うことだと答えるつもり。  要するに、ロマンチックな出来事なのだろう。  相手が異性とは限らないのだろう。  今のところ、わたしに友達はいても恋人はいない気がする。知らない間にできている存在でもないはずだし。  悩んではいなかったが友達のサヤカちゃんに昼休みに相談してみると、彼女の背景に色んな花が咲いた。 「春だね!」 「違うよ。今は夏っぽい秋だよ」 「そうか。そうなのね……ふふっ。とうとうルミちゃんにもそういう相手が誕生しちゃったのか」  どうして、わたしの周りには話を聞いてくれない同性ばかりなのやら。いやいや、まだ諦めてはいけない。 「サヤカちゃん。わたしが相談したいのはそういうことじゃなくてね……昔のお母さんのアルバムに写っていた男の子を見て」 「だよね。ルミちゃんには年上のほうが似合うと思っていたんだ! 恋愛経験が少ないルミちゃんをぐいぐいと引っ張ってくれてー、そんな彼に影響されちゃって……うふふ」  人類の世界平和は遠そうだな。  サヤカちゃんの話を聞き流しつつ、なんとなく教室の窓の外を見ていると目が合った。  妖怪とか幽霊ではないことを脳味噌もよーく理解しているはずなのに、ぎょっとしてしまう。  男の子がグラウンドの中央の辺りで立っていた。両足があるので幽霊ではないと思うが。  お母さんのアルバムの中に存在をする写真の男の子とそっくりな顔をしていた。  結論から言うと、そっくりな顔だったのはお母さんの初恋の人の子供だったというわけではない。他人の空似(そらに)というやつらしい。  そっくりな彼は空を見るのが好きで。  とくに、夏と秋をごちゃまぜにしたような時の雲は形が面白いんだとか。  まだランドセルを背負う世代にしては珍しいタイプということもあってか、そっくりな彼はモテモテだったりする。  正直、わたしのタイプではなかった。  なのに、そっくりな彼はわたしと二人きりでいる時が一番楽しそうにしていると思う。  わたしがつまらなそうにしていても、そっくりな彼は嬉しそうに笑う。名前もはっきり覚えていないのに。  そんなこんなで、色々とあって……そっくりな彼とは高校生の頃には疎遠となっていた。  ランドセル世代からスクールバッグ世代へ。  そっくりな彼はサヤカちゃんと付き合っているとか。  嫉妬とかそういう感情はないと思う……多分。  けど、わたしは一枚だけ写真を捨てられないでいる。  同年代のスクールバッグ世代が列に並ぶほど人気だと思われるプリントシール機で撮れていた一枚。  全ての撮影が終わったと外に出ようとした一瞬の隙にそっくりな彼に唇を奪われた。  少なくとも、わたしは平気なふりをしていた。 「裁判とかで訴える時に使えるんじゃない」とそっくりな彼はわたしに渡してくれた。 「すぐに捨てるよ。こんなの事故だし」とわたしは口にした気がする。  あの時のそっくりな彼の表情は覚えていない。  そっくりな彼は、もうサヤカちゃんの彼氏だし。  わたしはそもそも、そっくりな彼に興味なんてない。  それでもこの一枚の写真だけはわたしのものだ。  誰にも渡すつもりなんてなかった。  彼が好みだと言ってくれたツインテール以外の髪型もやってみようとも思えない。  お母さんのようにこのアルバムが運命の一冊目、なんだと胸を張って言えるようになるにはもう少しだけ時間がかかりそうな気がする。  まだスカスカのアルバムを抱きしめて、ベッドの上で横になっていた。 「初恋とは、まだ言い切れないかな」  涙は出なかった……わたしとそっくりな彼はやっぱり付き合ってなかったのだろう。
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