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目をそらしながらぽそりと呟いたら、理央さんは美しい瞳をゆったりと細めた。なにかを思案する時の理央さんは、壮絶な色気を放つ。
この表情だけで何人の人間を陥落させてきたのだろう。想像するだけでおそろしい。
「つぐみは俺のような他人をもっと利用すべきだな」
「他人…」
—— 一瞬で、簡単に突き落とされた。おそらく彼に、残酷なことを言っているという意識はない。
「俺たちは他人だろ。出会って日も浅いし、家の間取りと苦しんでる今を知っても、つぐみのこれまでの人生はひとつも知らねえもん。てことは、鼻で笑われるようなくだらないことも言いやすい。だってお前は、俺のことも何も知らねえんだから」
今がチャンスだな?と不敵に笑う理央さんの頬を、思わず殴ってしまいたくなった。
大人の恋は、引力に取り込まれないよう遠からず近すぎずの距離を保つ、衛星のような存在だと思っていた。
なけなしの理性で、恋に堕ちないように踏ん張りつづけるのが大人になるということだと。でも、それができないのが、本当の恋なのかもしれない。
私は、この人のことが好きだ。
だから今、こんなにも傷ついている。
「他人だから、言えないこともありますよ」
心臓が痛いまま、至近距離で理央さんを睨んだ。一度自覚した想いは収まってくれそうになくて、理不尽な怒りをぶつけてしまう。
「あっそ」
突き放すような言葉に、また胸の苦しさに襲われる。
しばらく睨み合ったあと、理央さんは私の鎖骨に額をこすりつけてきた。気高い獣が甘えてきたみたいな仕草は、どうしようもなくかわいいと思ってしまう。でも絶対に絆されたくない。
「……明日、夜中の3時45分。迎えにいくから起きてろ」
「何するんですか」
「秘密。あ、仮眠しとけよ」
言い方がムカついたので絶対寝ていてやろうという気持ちになる。実際はしっかりアラームをセットするんだろうけど。
オラ寝るぞと抱き込まれそうになり、咄嗟に手を前に突き出して拒んだ。理央さんは軽く舌打ちをする。そういえばこの人、チンピラなんだっけ。
険悪で一触即発な雰囲気でも、この家にベッドは一つしかない。私たちは今夜もくっついて就寝する。最悪な気分だった。
でも、不思議だ。恥ずかしがったり、落ち込んだり、怒ったり。感情の上下運動が激しくなればなるほど、ものすごく生きているって感じがするのだから。
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