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1人で迎える夜は私にはまだ早かったらしい。
心の均衡を著しく崩し、結局一睡もできなかった。
3時を知らせるアラームが鳴っている。息が詰まって苦しくて、視界が涙でぼやけていく。
夜は怖い。お金のかかる私立大学を出て、それなりの会社で励んできた過去が、何もできない私を責め立てるから。
こんな日は、狭い台所で家事をするお母さんの小さな背中を思い出す。はじめてのひとり暮らしを始めるアパートの前で、「大きくなったね」と泣き笑いをしたお母さんの顔が、歪んで混ざってしずんでいく。
大きくなんてなれていない。お母さん。私はまだ、子供のままだった。
こんな、こんな些細なことで、私は精神を病んでしまう。ひとりで生きられなくなってしまう。私を育てたお母さんはもっと大変な思いをしていた。でも、いつも気丈で、やさしくて、明るくて。
なのに、どうして私は、どうして。
ごめんなさい。
ベッドから体を起こして、何気なく視線を向けたベランダ。カーテンの隙間からみえた夜から目が離せなくなった。
窓を開けると、昼間の夏の蒸し暑さを溜め込んでいたのか、外はムワッとした空気が漂っていて、体にまとわりついてくる。
ベランダの下を見下ろすと、一軒家から漏れた灯りがアスファルトの道をぼんやり照らしている。
それはほんのりあたたかくて、幸せの象徴に見えて。体が勝手に柵を乗り越えるために動き出す。
…その時だった。ポケットに入れていたスマホが光る。手に取って、画面に浮かんでいる文字を目に入れて、すぐ。頭の中が鮮明になる。
『仮眠、失敗したんだろ?』
「あームカつく」
理央さんのメッセージは、昨日の怒りを思い出させるものだった。私は部屋の中へと戻り、他所行きの服に着替えていく。
夜中といえど暑いものは暑いので、少しキレイめのTシャツと、スウェット生地のハーフパンツを選んだ。肌の露出があるところは虫避けスプレーを施す。ハッカ特有のスーっとした匂いを嗅いで、ひとりで笑ってしまう。
私、これからも生きていくつもりじゃん。
洗面所で最低限の化粧を終えたタイミングで、インターホンが鳴る。
モニターを見ると、要くんがにこりと笑っていた。てっきり理央さんが来るのだと思っていたので驚いてしまう。
『つぐちゃん、こんばんは。夜中にピンポンしてごめんなさい』
「大丈夫、すぐ行くね!」
未成年の子が夜中に外に出ている状況、絶対に良くない。私は慌ててエレベーターに飛び乗った。
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