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マンションホールに降り立ち、急いでエントランスに向かうと、真っ白なTシャツが眩しい要くんがいた。
小さく手を振った後、私の慌てぶりを見てすべてを察したらしい。眉をグッと寄せている。
「もしかして理央さん、俺が来ること言ってない?」
「そうだね。迎えにいくとは言われたけど」
すごいな、こんなにすぐに気づいちゃうなんて。賢い要くんはきっと推理も得意だろう、なんて呑気なことを考えている間も、要くんの目はひんやりと冷えていく。
「てことは、つぐちゃんのお家の情報、俺に無断で教えたってこと?」
「いや、うーん。要くんなら問題ないよ」
「だめだって、問題大アリでしょ。…アイツマジでないな」
あのさわやかな要くんが口をへの字に曲げている。常々思っていたけれど、改めて常識のある良い子だなあと心底感心してしまう。
「理央さんと暮らしてるのに、要くんは本当、しっかりしてる」
「怠惰ジジイがそばにいるからこうなったんだよ」
年齢不詳の美しさを持つ理央さんをジジイ呼び。なんというか、とても強い。ただ、辛辣なことを言いすぎてしまうと、理央さんは絶対に落ち込む。その辺にしてあげて欲しい。
「理央さんは?お店?」
「ううん。先に行って準備中」
数回の勉強会を重ねた今、私たちの会話から敬語は取っ払われている。きっかけはやっぱり要くんからの提案で、私は探り探りで敬語をなくしていった。彼のコミュ力の高さには脱帽するしかない。
自転車を押す要くんの隣を歩いていると、いつも座って接していたからか、新鮮な気持ちになった。
同じくらいの視線の高さなので、彼のきれいな横顔がよく見える。鼻が高くて、唇は薄くて、眠そうな目は目尻だけきゅっと上がっていた。相変わらず端正な顔立ちをしている。
「準備って?」
「それも言ってないんだ。つぐちゃんには秘密にしたいのかな」
「なるほど、秘密…」
「日の出を見ようって企画です」
「あ、言っちゃうんだ」
「俺、言うなって言われてないし?」
ニヤリと悪く笑う顔も、愛嬌がプラスされて大変すばらしいものだ。
峯婆という、ときどき昼間のコインランドリーの店番を任せている人がいて、今日はその方が所有している雑居ビルの屋上にお邪魔するのだという。
周りに高い建物がないので、都心で行われる花火大会も綺麗に見える穴場スポットらしい。
「夏休みの前日は理央さんと日の出を見るのが決まりっていうか。今日だけ夜更かしが許されるし、毎年楽しみなんだよね」
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