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「空いてる椅子に座って」
「はい、ありがとうございます」
お言葉に甘えて、近くにあったパイプ椅子に腰を下ろした。洗濯をしている間に家に帰ることもできたけれど、下着を洗っているということもあってここから離れるのは不安だった。
店長さんと2人っきりというのも、なかなかに不安ではあるけれど。
「コインランドリー利用するのははじめて?」
「はじめてです。家の洗濯機が壊れてしまって」
「ふーん」
質問しておきながら彼は私に興味はないらしい。すぐに手元の本へと視線を戻していた。
会話を続ける気がないなら話しかけないでくれ、と、嫌みなく言えるコミニュケーション能力があれば、私は今頃もっと器用に生きている。
「あーやべぇ、眠くなってきた」
店長さんはあくびを噛み殺し、眼鏡のテンプルと頬の隙間から指を差し入れ、目尻に浮かんだ涙を拭っている。なんでもない仕草でさえも、彼の手にかかると高貴なものに見えた。
ほんの一瞬所作に見惚れていた私に、彼は何を思ったのか。本を閉じ、赤い丸テーブルに肘をつきながら、片眉と口角をわずかに上げる。
上目遣いの黒い瞳は、おもちゃを見つけた猫のように無邪気な光を宿していた。
「おねえさん、俺ともっとお話します?」
「私とですか?」
「そう、おしゃべり」
「おしゃべり…しましょう、はい」
「はは、まあまあ嫌そうっすね」
大方察してくれているのに、全く引く気はなさそうだ。むしろこちらの反応を楽しんでいるような節がある。
私は今、会ったことのないタイプの人間との出会いにとても怯えている。そもそも、容姿と喋り口調が全くあっていない時点で得体が知れない。初対面なのだから、印象とキャラは統一して欲しい。
「ビビりすぎだろ、おもしろ」
「え?」
「なんでもないです」
私のライフはゼロに近い。おそらく彼はジャイアンの素質がある。つまり私との相性は最悪だ。
帰りたい。帰っていいかな。
下着を見捨てることも視野に入れ始めたときだった。
「理央さん」
声変わりしたての瑞々しい声が背後から聞こえ、反射的に後ろを振り返った。
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