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ガラス戸の前にオーバーサイズの黒Tシャツを着た青年が立っている。ブリーチで色素が抜け切ったふわふわの金髪が、蛍光灯の下で一際輝いていた。大きな猫目から放たれた視線は、清々しいほどに直線方向だ。
店長さんとは違う系統の、綺麗な子だ。私はゆっくりと正面に向き直る。思わず見惚れていたことを誤魔化すためだったけど、すぐに後悔した。
「要、てめぇコラ」
私に向けられたものではない、真正面からメンチってやつを浴びてしまう。眉間に皺を寄せた店長さんは、美しい顔の造形のせいか迫力がありすぎる。
私はぎゅっと目を閉じて、なるべく体を縮こませることで、気配を消すことに徹した。
「なんで起きてんだ。寝ろ」
「…お腹すいた」
「ああ?夜メシ米2合も食ってたろうが」
「でも、お腹すいた」
「ふざけんな、胃の容量ぐらい把握しとけ」
粗暴系と脱力系による言葉の応酬は、温度差がありすぎて外野はヒヤヒヤする。当事者でもないのに胃が痛み出しそうだった。
数秒の無言の時間のあと、店長さんはわざとらしいため息を吐いた。
「ブタメンで我慢しろ」
「うん、ありがと」
横を通り過ぎ様、青年の頭をくしゃっと雑に撫でた店長さん。少しかがみながらガラス戸の敷居を跨ぎ、夜の広がる外へと消えていく。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
「お客さんですか?」
気に留める様子がなかったから、私の存在自体見えていないのかと思っていた。
後ろから顔を覗き込んできて、突然現れたイケメン君のドアップに変な声が出そうになる。未成年らしき彼がきちんとした挨拶をしてくれているのだからと、大人の意地でなんとか堪えた。
でも、私の怯えっぷりまでは隠せなかったようだ。彼は少し考える素振りを見せたあと、徐に口を開く。
「店長はあの見た目でただのチンピラなんですけど、反社との関わりは一切ないので安心してください」
「それは、よかったです」
—— 私はネガティブに呑み込まれた怪物だ。
感情すべてが内側に向いていて、それが首元に絡みついている。息がしづらくていつも苦しい。苦しいということしか、考えられない。
でも、この時だけは違った。未成年に気を遣わせた情けなさも感じていたけれど、他人に気を遣える彼は良い子だなあという、感動にも似た感情がほんの少しだけ上回った。
言葉の節々から、店長さんと気が置けない間柄であることが伺える。なんだろう、癒しに近いこの感覚。何かのはずみで笑みが溢れてしまいそうになる。
外に階段があるのか、カンカンと金属を踏み締める音が聞こえる。程なくしてお盆を持った店長さんが戻ってきた。
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