278人が本棚に入れています
本棚に追加
慣れたシーツの感覚に瞼をあげる。整った寝顔が目の前にある。でも、あの日とは違う。きちんと覚えている、すべてを。
「おはよう」
加賀が瞼をあげて微笑む。低くかすれた声が色っぽいと思ったな、と懐かしく思う。
「今、何時?」
「朝の五時半です」
「始発が出てるから一度帰るよ」
身体を起こした加賀の裸を目にしたら恥ずかしくなった。少し俯いて顔を隠すと、そんな希望の頭を撫でた加賀がベッドから出る。
「覚えてる?」
「全部覚えてます。……恥ずかしいくらいに」
「よかった」
服を身につける加賀の姿を眺め、少し抱きついて邪魔をしてみた。加賀は咎めず抱きしめ返してくれる。
そんな悪戯をしていても加賀はしっかり着替えを終えてしまい、少し寂しくなる。
玄関で加賀を見送る。
「駅まで一緒にいきましょうか?」
「大丈夫。スマホのナビ見るから」
キスをひとつくれた加賀が微笑む。
「それじゃ、改札前のいつものところで」
「え……」
「隣にいてくれるんだろう?」
「はい!」
加賀の背を見送り、ドアを閉める。
シャワーを浴びたら朝食を用意しよう。お気に入りのコーヒーを飲んでから部屋を出て、彼と歩く短い時間で幸せに満たされるのだ。
幸せが待っている。それだけで心が浮き立って世界が輝いて見えた。
(終)
最初のコメントを投稿しよう!