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翌日も加賀が改札で待っていてくれた。並んで歩きながら、背の高い加賀を見あげる。
「どうした?」
目が合って微笑まれる。見ていたことがばれて少し恥ずかしい。
「どうしていつもそんなに幸せそうなんですか?」
聞いてみて、都合のいい答えを期待しているような質問だった、と反省する。でも加賀はそんなふうには取らなかったようで、驚きを隠さず目を見開いた。
「そんな顔してた?」
「……はい」
まいったな、とはにかむ表情が少し可愛くて、思わず口もとが緩んだ。加賀の知らない一面を見ると心が温かくなる。
「幸せそうにしてたなら、希望といるからだよ」
肩に触れられ、どきりとする。シャツ越しの手は大きくて男らしい。その手に触れると、加賀が表情を強張らせた。
「す、すみません」
慌てて手を離す。
なぜ手に触れたのだろう、と自分の手を見て疑問に思う。引き寄せられるように加賀の手に触れていた。
仕事中も加賀が気になって仕方がない。彼がどこにいても目で追ってしまう。仕事に集中しなければと思えば思うほど、加賀が気になる。今加賀はなにを思っているだろう、そんなことまで考える。
もう一度自分の手のひらを見る。あのとき、どうして加賀に手に触れたのだろう。今も、どうして加賀ばかり見ているのだろう。
手のひらを指でなぞりながら加賀の姿を見つめる。
自分はいったいどうしたのだ。
「橋村くん、ランチいく?」
「は、はい」
「えー、また橋村くんだけですか?」
「ずるい!」
加賀がまたランチに誘ってくれて、まわりからは文句が出た。加賀はそれを素直に受け止め、「またね」と微笑む。それだけで許されるのだから美形は得だ。
ふたりで一昨日と同じカフェにいき、オムライスがおいしかったのでまた頼もうとして言葉を呑み込んだ。ソースを拭われたことを思い出したからだ。
「なに赤い顔してるの?」
首を横に振るが、加賀にはばれていそうだ。
「一昨日、加賀課長が頼んでいたサラダ丼にします」
「じゃあ俺はロコモコ丼にしようかな」
店員にオーダーする横顔を見つめる。あんなことがなければ、こうしてふたりでいることなどなかった人だ。そう考えると、ただの失敗だとも思えない。加賀といるのは楽しくて、せつない。
「どうしたの?」
「え?」
「今日は静かだね」
「いつもうるさいですか?」
ひねくれた答えをしてしまった、と反省するが、加賀は首を左右に振る。柔らかそうな黒髪が揺れてもとの位置に戻った。
「希望の声は心地いい」
もっと聞きたい、とねだるような瞳を向けられて恥ずかしくなる。
「俺なんか全然。加賀課長の声のほうが落ちつきます」
「きみにそう言ってもらえるのは光栄だな」
本心を伝えたのに、加賀はお世辞として受け取ったようだ。本当の心を伝えるのは難しい、とわずかに目を伏せる。
注文した料理が運ばれてきて、ふたりでいただきますをする。サラダ丼を食べながら加賀を見る。綺麗な食べ方だな、とその所作につい見惚れた。
「こっちも食べたい?」
視線に気がついた加賀に聞かれ、慌てて首を横に振る。じっと見すぎていた。
「希望はころころ表情が変わって面白いな」
恥ずかしくてわずかに俯いて顔を隠す。そんな動きさえ加賀は楽しげに見つめている。
加賀との時間は穏やかで心が安らぐ。流れる空気が心地よいというのか、そういう雰囲気を持っているのか。
「デートだけど、日曜日でもいいかな?」
「は、はい。大丈夫です。
日曜日――その日で加賀との時間は終わる。
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