遠い人を想う

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 離れがたいな、と加賀が自宅まで送ってくれた。 「お茶でもどうですか?」  帰ろうとする背中をつい呼び止めた。希望も、もう少し一緒にいたい。 「それじゃ、少しだけ」  あがってくれた加賀に椅子をすすめる。 「ビールもありますが」 「ああ。ちょっと飲みたいかな」  シャツの腕をまくり、袖から現れたしっかりした腕にどきりとする。見てはいけないような気がして目を逸らし、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出す。ふたりでプルタブをあげ、「乾杯」と缶を軽くぶつけた。  なにを話したらいいかわからない。今さらだが、なんだかとても恥ずかしいことをしたような気がしてくる。明日会社でなにを言われるだろう。  希望がひとりぐるぐると考えていると、加賀がふっと笑った。 「本当にころころ表情が変わるね」 「えっ」  顔に出ていたことに気がつかなかった。恥ずかしくて頬が火照った。 「……希望は俺の光なんだ」  ビールをひと口飲んだ加賀が、濡れた唇を指で拭いながら呟く。小さな声は希望の耳にはっきりと届いた。 「もともとは『希望』という名前に興味を持ったんだけど。希望は名前のとおり、俺に望みをくれた」  加賀がどこか遠くを見つめる。その表情があまりに綺麗で思わず見惚れた。希望の視線に気がついた加賀は苦笑する。また「穴が開く」と思っているかもしれない。 「前にも言ったとおり、人をかばって損な役まわりをすることを恐れずに受け入れるきみの姿を眩しく感じた。いろいろ疲れている俺の安らぎなんだよ、きみの姿が。もっと頑張ろうと思える」  言葉を止め、希望に優しい微笑みを向ける。頬を撫でられ、手が触れていったところが熱を持つ。 「きみを見ているうちに、素直すぎて心配になったほどだ」 「そんなに見ていたんですか?」 「遠くから見てるだけの俺に気がつくわけないよね。……希望の一生懸命さにすぐに惹かれていった」  いつから希望を見ていたのだろう。一日二日見ていただけではなさそうだ。きっと希望が気がつかないあいだ、ずっと見守ってくれていた。 「だからね、あの日希望が俺にもたれかかってくれたことは本当に夢のようだった。ひどく酔ったきみを抱いたことを後悔しているけど、やっぱり幸せだったんだ」  テーブルに置いた希望の手に、加賀の手が重なる。心臓が大きく跳ねて、ビールのせいではなく頬が熱くなった。わずかに俯いて加賀の様子を窺う。恥ずかしくて、正面から顔を見られない。 「好きだよ、希望。やっとちゃんと言えた」  嬉しそうに破顔する表情にどんどん拍動が速くなっていく。自分をこんなに想ってくれる人がいるなんて信じられない。 「あの」 「うん?」 「……酔ってない俺を抱いたら、もっと幸せになってくれますか?」 「え?」  加賀が目を見開く。恥ずかしいのであまり見ないでほしいのに、しっかりと視線を向けられる。 「まだひと口しか飲んでないから、酔ってないです」  頬を紅潮させた加賀が希望の手をぎゅっと握る。心臓が跳ねて同時に肩も上下した。心音が耳に響き、うるさいくらいに鼓膜を叩く。 「俺は我慢強いほうじゃないんだ。知ってるだろ」 「だから言ってるんです」  顔をあげて加賀を見る。たぶん顔が真っ赤になっているだろう。それくらい頬が火照っている。でもなにも隠さず加賀に自分自身を見せたい。 「そういう誘い方をされたら、理性なんてもたない」 「そんな理性、いらないです」  立ちあがった加賀が希望の隣に立ち、身体をかがめる。唇が重なり、アルコールの香りを感じる間もなく加賀の吐息が触れた。甘やかなキスに脳まで蕩ける。唇を離した加賀が希望の目を覗き込んだ。確認するように頬をなぞって、また唇が重なる。 「ん……」  舌が口内に滑り込み、粘膜を愛撫する。それだけでぞくぞくとして膝が震えた。 「ベッドはどこ?」 「……奥に」  服を脱がせ合いながらベッドに移動する。一秒でも早く触れたかったし、触れられたかった。 「あっ、……っ」  自分の声が恥ずかしくて口を手で押さえる。こんな声を出すなんて知らない。  加賀は咎めず、そのまま肌にキスを落としていく。唇が触れるたびに身体が跳ね、ぞわりと快感が背筋を駆けあがる。 「っ……加賀、課長……」  黒髪に触れてみると、加賀が顔をあげた。眉を寄せて希望の頬を撫でる。 「『課長』はやめてくれ」 「んっ……、じゃあ、なんて……?」 「なんて呼ぶと俺が喜ぶと思う?」  難しい問いに首をかしげる。考えようとしても肌をまさぐられて集中できない。  思いつくまま、口にした。 「……累人さん……」  加賀は嬉しそうに瞳を細め、「正解」とキスをくれた。
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