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遠い人を想う
いつもと違うシーツの感触に違和感を覚える。重たい瞼をあげると、整った寝顔が目の前にあった。
「……?」
上司の加賀だ。なぜ加賀が希望のベッドで寝ているのだ、と混乱しているうちに目が覚めてきた。ここは自分の部屋ではない。布団の感触もベッドのスプリングの硬さも違う。
ぼんやりする頭で考えていたら掛け布団やシーツの感触が妙にはっきり感じる。恐る恐る布団の中を見て声をあげそうになった。寸でのところで留め、もう一度掛け布団の中を見る。加賀も自分も裸だ。どういうことだ、とさらに思考が乱れる。
そもそもここはどこだ。室内を見まわすと、ホテルのようだ。ベッドの他にソファセットが置かれている。どこかのビジネスホテルのような雰囲気だ。
これはどういうことなのか。本当にわからない。
希望がひとりで混乱していると加賀が目を覚ました。大げさに肩が跳ねる。
「起きてたのか」
「は、はい……。あの」
「昨夜は可愛かった」
柔らかく目を細める加賀にどきりとする。寝起きのかすれた低い声が色っぽい。
「希望があんなことを言ってくれるなんて思わなかった」
名前呼びにまた心臓が跳ねた。いつもは「橋村くん」と呼ばれているので、耳に馴染まない。ついでに「可愛かった」の意味を考え、頬が熱くなってから血の気が引いた。
「身体つらくない?」
「は、はい。たぶん」
「待って」
起きあがろうとすると止められた。長い両腕が伸びてきて、引きずり込むように布団の中に戻される。肌が触れ合って心臓が暴れた。いつもスーツの上から見ている腕はたくましく、しっかりしている。
「もう少しいいだろう?」
「えっと」
手を包むように握られ、優しい微笑みが向けられる。
「大事にするよ」
記憶がないなんて言えない。
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