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「注文おねがーい」
「はーい、ただいまぁ」
(おかえり)
「唐揚げ定食まだー?」
「はーい、ただいまぁ」
(おかえり)
ほんと目の回る忙しさ。少しは手加減してよね、母と二人で切り盛りしてるんだから。
「春奈ちゃん、こっちビールもう1本ね」
「はーい、シゲさん、ただいまぁ」
(おかえり)
でも、おかげでこんな大衆食堂が潰れずにやってこれた。
シゲさん、タカシさん、他のお客さんもありがとうね!
「お勘定よろしくー」
「はーい、ただいまぁ」
(おかえり)
何かしら?
さっきから、あたしがただいまって言うたびに、おかえりって子供の声が聞こえるんだけど。
ただいま伺います、ただいまお持ちしますだから、ただいま帰りましたとは違うのよ。って親御さんが教えてくれないかしら。
あら? 家族連れのお客さんいたかしら?
「春奈ちゃーん、鯵フライとそれから……」
「鯵フライひとつー! シゲさん、いつもありがとねっ」
「春奈ーっ!」
厨房で母さんが呼んでる。ああ忙しい。
「あと、肉じゃがもらおうかな」
「肉じゃがひとつ追加ー!」
(おかえり)
え、何!? ただいまは言ってないわよ。
声の主を探して振り返ったら、後ろに女の子が立っていた。
おかっぱ頭に着物姿。たしかにここはド田舎だけど、それにしても古臭いわね。
「ごめんね、いま忙しいから。また後でね」
いつの間にかあたしはお盆を持っている。お盆の上には揚げたての鯵フライと熱々の肉ジャガ。
「春奈、春奈ーっ!」
母さん、怒らないでよ。厨房が忙しいのはわかるけど、こっちも大変なのよ、ほんとに。
「春奈ちゃーん、それそれ。早く持ってきてー!」
「はいはい、ただいま!」
シゲさんの催促に振り返ったら、あの女の子が正面に回って怖い顔で通せんぼをしていた。
(おかえり)
「…そこを通してちょうだい。シゲさんとタカシさんに作り立てを食べて欲しいのよ。二人とも、ほんと久しぶりなんだから。シゲさんは去年亡くなって以来でしょ? タカシさんなんて今年三回忌なんだから……え!? どうゆうこと……?」
「春奈ちゃーん、俺もタカシもずーっと寂しかったんだよぉ、よく来てくれたなぁ、さあ、一緒に行こう…」
白装束のシゲさんとタカシさんが、通せんぼをした女の子のすぐ後ろまでやってきて、痩せ細った腕を伸ばしてくる。
「春奈ーっ、春奈ーっ」
後ろから母さんの声がする。怒ってたんじゃない、必死に呼んでたんだ。
でも、怖くて、足が震えて動けない……違う、少しずつシゲさんたちの方に引き寄せられていく…。
「春奈ちゃん、よく来たよ。寂しかったよ、おいで、おいで……」
「無理、ごめん、シゲさん、タカシさん。二人のことは好きだけど、母さんをひとりにはできない…それに、あたしはまだ死にたくない!」
必死になって両足に力を入れて踏ん張る…でも、引き寄せられていく…
その時、二人を背中で抑えていた女の子が叫んだ。
「来ちゃだめ! お帰りなさいっ!」
女の子の両目が光って、間近でフラッシュをたかれたかのように、あたり一面が真っ白になった。
(ゆきちゃん?)
突然頭に浮かんだ名前は、誰のものだろう? あの女の子?
そんなことを思いながら、あたしの意識は遠のいていった。
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