心音

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心音

 純平は迷うことなく、あの高台の公園へと向かった。  夏休み前から本格的な秋になるまで、梓と二人で練習をしていたあの公園だ。  公園の入り口に着き、坂道を登って高台に向かう。  辺りはすでに暗く、梓の目の状態を考えると、ここから一人で移動することは出来ないだろうと思った。  純平が息を切らせながら高台に着くと、ベンチには梓が座っていた。  梓の姿を確認した純平は、とりあえずホッと安心する。そして、ゆっくり梓に近づき、後ろから梓のコートをかけた。 「梓、寒いだろ」 「・・・・・・純平くん・・・・・・」  純平はベンチを跨ぐように座り、梓の横顔を見た。  梓の目は泣き腫らして真っ赤になっており、鼻の頭も真っ赤になっていた。 「みんな心配してるぞ」 「・・・・・・帰りたくない」  梓はそう呟くと、また顔を俯いて黙ってしまった。 「じゃあ、俺と一緒にここで一晩過ごすか」 「・・・・・・え?」 「だって、梓が帰りたくないって言うんだから、しょうがないだろ。一晩くらい付き合うよ」  梓は純平がそんなことを言い出すとは思わず、さっきまでの涙が引っ込んでしまった。 「こんなとこに一晩いたら風邪引くでしょ⁉」 「じゃあ帰る?」 「・・・・・・」  寒い真冬に、時折海風が吹き付けるこの高台で一晩過ごすなんてイヤだけど、征司と加夜子の顔を今は見たくもなかった。  梓がどうしたらいいか悩んでいると、純平が優しく話しかけてきた。 「梓、おじさんは梓のことを、とても大事にしているよ」  純平がそう言うのを聞いて、梓はフルフルと頭を横に振る。 「お父さんは、私の病気をなんとか治そうとして、いろんなお医者さんに相談してた。でも、どれもこれも同じ答えばかりで、結局、今の医療では病気の進行を遅らせるので精一杯だった。私はずっと、お母さんに捨てられた娘で、お父さんにとってはただのお荷物で・・・・・・病気持ちで・・・・・・お父さんは仕方なく私を育て・・・・・・」  そこまで言うと梓はまた泣き出してしまった。  純平は泣いている梓の頭を自分の胸に抱き寄せ、梓の身体を包み込んで、気の済むまで泣かせることにした。  どれくらい時間が経ったのか、梓はようやく落ち着いてきた。それでも純平は、梓の小さな肩を抱き、自分の中に閉じ込めていた。  すると、梓がぽつぽつと話し始めた。 「2カ月くらい前にね、お父さんに加夜子さんを紹介されたの。いま、お付き合いをしている人だって。お父さんが女の人を連れてきたのが初めてで、私、どうしていいかわかんなかったの・・・・・・」 「うん・・・それで?」 「それで、ああ、お父さんはこの人と結婚したいんだってすぐわかった。加夜子さんはまだ若いし、お父さんと結婚したら子供が産まれるかもしれない。そしたら私1人仲間外れだって・・・・・・」  そう話しながら、梓はまた涙が溢れてきた。 「私、病気のせいで、いつ目が見えなくなるかわからないから、他人とは距離を置いていた。でも、お父さんの顔だけは覚えていたいから、お父さんに嫌われないように勉強も家事も頑張った。だけど、お父さんの一番は私じゃなかったってわかったら悲しくて・・・・・・」  純平は梓の気持ちを聞いて、胸が苦しくなる。徹底的に他人と距離を置いていた理由がそんな理由だったなんて想像もしていなかった。そんな梓を、純平はより一層抱き締める。 「・・・・・・梓、おじさんは再婚しても、梓のことを仲間外れにはしないし、梓が頑張っていることは誰よりも理解している。梓もそれはわかっているだろ?」  純平は梓を優しく諭すように言うが、梓は純平の服をぎゅっと掴むだけで返事はない。 「梓のことが大切だから、病気のことを一生懸命調べるんだ。梓のことが大切だからコンクールの映像を残して、グランプリを獲った時には一緒に喜んでくれた。大切じゃなかったらこんなことしない。梓も本当はわかっているはずだ。違うか?」  梓は純平にそう言われて、今度はコクンと頷く。 「おじさんが再婚するのが寂しいのはわかるけど、ちゃんともう一度話を聞こう?梓が一人がイヤなら俺もついていくから」 「・・・・・・でも、純平くん迷惑じゃない?」 「ははっ、迷惑ならこんなところまで探しに来ないし、第一、デュエットも断ってるよ」 「ごめんなさい・・・」 「俺に謝らなくていいよ。謝るのはおじさんに謝ろうな」 「うん・・・・・・純平くん」 「・・・なに?」 「純平くんの心臓の音、とっても早いね。大丈夫?」  梓にそんなことを言われた純平は「誰のせいだよ!」と言いたかったが、それを言うと後戻りが出来ないので、その言葉をゴクンと飲み込んだ。 「梓、もう寒いし帰ろう」  純平がそう言うと、梓もやっとそれに同意してくれた。時刻を確認しようと純平がスマホを見ると、自宅から鬼着信が入っていた。 「やば、母さんからだと思うけど、めっちゃ着信が入ってる・・・ちょっと電話していい?」 「うん・・・」  純平は梓に許可を貰って、自宅に電話をかける。すると、1回のコール音ですぐ繋がった。 「あ、もしもし・・・」 『ちょっと純平!あんたどこにいるの⁉梓ちゃんは⁉』 「いま梓も一緒に高台の公園にいるよ」 『こんなに寒いのに女の子を振り回して一体どういうつもり⁉とにかく二人ともうちに帰ってらっしゃい!遠山先生とも話して、今日は梓ちゃんをうちに泊めるから!いいわね純平っ!まっすぐ帰ってくるのよ!』 「わかったよ・・・いま帰る」  純平はいろいろ納得いかないことを言われたが、とりあえず梓と二人自宅に帰ることにした。  梓はやっぱり目が見えにくくなっていて、純平の腕に手を回して歩くことになった。それはそれで役得だと思ったことは内緒だ。  二人で家に帰ると、純平の両親がものすごく心配してくれていたようで、特に母親は梓の頬を両手で包むと、 「こんなに冷えて、風邪引いちゃうわ!梓ちゃん、お風呂沸いているから早く温まってきなさい」 といって、有無を言わさずお風呂にいれた。  その間に父親が梓の父に連絡を入れ、二人がきちんと戻ってきたことを伝えていた。    純平が自分の部屋で休んでいると、部屋のドアがノックされ、ドアを開けるとそこには風呂上がりの梓が立っていた。 「あの・・・お風呂空いたから入りなさいって、おばさまが・・・・・・」  梓は純平の姉、杏子のスウェットを借りているようだが、背が高い杏子のスウェットは小柄な梓には大きいらしく、袖も裾もだいぶ余っていた。  しかし、その姿があまりにも可愛くて、純平はすぐに言葉が出てこなかった。 「純平くん・・・・・・?」 「あ・・・ああっ!うん。わざわざありがとう」  純平は何とかその場をごまかして、急いで風呂の準備をしようとする。すると梓が恥ずかしそうに声を掛けてきた。 「純平くん、あのね・・・・・・お風呂から上がったら、少し話せるかな・・・?」  風呂上がりで上気した顔の梓にそう言われて、純平が断ることなど出来るはずがなかった。 「わかった・・・・・・温かくしてリビングで待ってて」 「うん、ありがとう」    そう言って部屋のドアを閉めた純平は、盛大にため息を吐く。  純平の心臓は、公園にいた時よりも大きく早く鼓動していた。
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