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回想
東京から新幹線で2時間。
そこからJRの在来線に乗り換えて30分。
さらにそこから単線の2両編成のローカル線に揺られること30分。
カタタン・・・・・カタタン・・・・・
海沿いを走る電車の揺れに合わせて、自分の身体も揺れる。
4人掛けのボックス席に座り、窓に肘を掛けて夏見純平は海を眺めていた。
今年28歳になる純平は、大学進学と同時に上京し、いまも東京で暮らしている。
今日は盆休みのため、正月以来に実家へ帰る。
純平の生まれ育った町は海沿いの小さな港町で、電車は1時間に1本のローカル線しかないし、小学校は2校あるものの、中学校と高校は1校ずつしかなく、小規模の総合病院と郵便局、そして決して大きくないスーパー、数件の飲食店。たったそれだけの小さな町だ。
港町なだけあって、純平の同級生の親や兄弟は漁業で生計を立てている人が多かったが、純平の両親は、町にある唯一の病院の医者と看護師として働いている。
元々は東京の大きな病院で働いていた両親だが、過疎化が進み医師不足となっているこの町に移住することを決めたのは、純平が5歳の時だった。
なので、東京生まれの純平は、物心ついたときにはこの町での記憶しかないため、東京に比べて不便な環境も不便とは思わず過ごしていた。
そんな小さな町の普通の高校に遠山梓が入学してきたのは、高校1年の4月のことだった。
小さなこの町で育った子供たちは、中・高とほとんどが同じ学校に進学する。
中学や高校で他の学校を受験し出て行くことはあっても、過疎化が進んでいるこの町に新しく入ってくる人はとても珍しかった。
遠山梓はそんなめずらしい、この町に移住してきた人間だった。
東京から来た梓は、肩甲骨辺りまで伸びたロングヘアに、眉にあわせて切り揃えられた前髪。色白で目は大きく、唇はぷっくりと赤い都会の美人という雰囲気が漂っていた。
移住者というだけでも目立つ存在なのに、梓の容姿がさらにその存在を引き上げていた。
みんな、そんな梓と仲良くなりたくて、入学当初から男子も女子も関係なく梓に声を掛けるが、梓はそれをことごとく断った。
「一緒にお昼食べよう?」
「1人で食べたいの」
「今日一緒に帰らない?」
「ごめんなさい。寄るところがあるから」
「いつも何の本読んでるの?」
「たぶん言ってもわからないわ」
「東京のどの辺に住んでたの?」
「あまり言いたくないの」
こんな調子で、梓はクラスメイトの誰とも関わろうとしなかった。
そして、梅雨を迎えるころには、梓に話しかける者は誰もいなくなった。純平もその一人だった。というか、純平は話しかけたこともなく、ただ遠巻きに見ているだけだった。
梓はずっと一人で過ごしており、授業以外の時間は本を読んで過ごしていた。でも、誰とも関わろうとしない割には毎日学校に来るし、成績も悪くなかった。ただ、周りの人間とコミュニケーションを取らないだけ。
純平は電車の窓から海を眺めながら、高校1年の頃を思い出していた。
「梓・・・・・・会いたいよ」
この町に戻るたびに純平は梓のことを思い出す。
いまはもう会うことのない、愛しい彼女のことを純平はまだ吹っ切ることが出来ないでいた。
そう、これはたぶん、純平と梓のふつうの恋の話。
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