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父親と母親に気まずい思いをさせてしまった純平は「ごちそうさま」と言って自分の部屋に戻った。
それから歯を磨き、身支度を整えて、持ってきていたバイオリンを抱えて家を出た。
向かったのは昨日と同じ、高台の公園だ。
純平は高校卒業後、東京の音大へと進んだ。もちろんバイオリンのコースに。
父親は自分と同じ医者になって欲しかったようだが、純平は自分には務まらないと思い、中学の時に父親には無理だと伝えていた。
そして音大進学を決めた最大の理由は、梓が一緒だったからだ。
でも、純平と梓が同じ音大に通うことはなかった。
音大受験当日、梓はたった1通の手紙を残して、純平の元から消えてしまった。それ以来、純平は梓と会っていない。いま、どこでどうしているのかもわからない。
純平が梓を吹っ切れないのは、ちゃんと別れを言われてないからだ。だから純平は事実を受け入れることが出来ず、梓を引きずったまま気が付けば10年が経っていた。
もしあの時、ちゃんと別れを言ってくれていたなら、こんなに引きずることもなかっただろうと、梓を恨んだりもした。だけど純平は、どうしても梓を嫌いになれなかった。
たとえもう二度と会えなくても、この先も純平は梓を嫌いになることはないと思う。自分でもそう確信していた。
公園に着くと純平はバイオリンケースを開けて、バイオリンと弓を取り出す。軽く調弦した後、梓と演奏したバッハの2つのバイオリンのための協奏曲 ニ短調 第一楽章を弾き始めた。
この曲はバッハが書き上げた3曲のバイオリン協奏曲のうちの1曲で、最も特徴的なのは、複数の旋律を2本のバイオリンが独立性を保ちつつ互いに重ね合わせるように、まるで音の編み物を編み上げるような構成になっている。
なので、純平一人の音ではこの曲は成立しない。純平の中では梓がいないといつまでも完成することはなかった。
演奏が終わると、後ろから拍手する音が聞こえた。
純平が振り返ると、そこには親友の橋本が立っていた。
「橋本・・・・・・」
「やっぱ上手いな純平」
笑いながら、橋本は純平に近づいてきた。
「よくここにいるってわかったな」
「最初、お前ん家に行ったんだよ。そしたらお袋さんが、バイオリン持って出て行ったから、たぶんここだろうって」
誰にも見られないように出てきたつもりだが、母親にはお見通しだったらしい。それが分かり、純平は少し恥ずかしくなった。
「お前のバイオリンを聴いているとさ、文化祭のことを思い出すよ」
「・・・・・・ああ。そんなこともあったな」
それから純平は、橋本と文化祭の思い出を語り始めた。
🎻 🎻 🎻
高校1年の夏休みが終わり2学期になると、文化祭での出し物を相談するためクラスみんなで話し合いが行われた。
投票の結果、カフェをすることになったのだが、ただのカフェではつまらない。なぜなら、この文化祭には投票システムがあり、客の投票で決まる最優秀賞には学校から副賞が与えられることになっていた。そのため1年生から3年生まで全校生徒が張り切っていた。
「やっぱ、時代はメイドカフェだろ」
「いやいや、いまは執事喫茶っていうものがあって、女子にはそっちが人気なの。メイドカフェで喜ぶのは男子だけじゃない」
こういう感じで意見がなかなかまとまらず、話し合いはどん詰まりになっていた。
するとそこで、クラスのリーダー的存在の山脇が突拍子もないことを言いだした。
「俺らのクラスには、他のクラスにはいない最強の二人組がいるじゃん」
「・・・・・・最強?」
山脇に言われて、クラス全員の頭の上に?が並ぶ。純平も、そんな強い奴いたっけ?と考える。
「わかんないの?・・・・・・夏見と遠山だよ」
山脇がそういった瞬間、純平と梓は全員から注目される。
「・・・いや、山脇、言ってる意味が分からないんだけど・・・」
梓は何も言わないので、純平が山脇に聞いてみる。
「お前たち二人とも、バイオリン激うまじゃん。だからさ、時間を決めて二人のバイオリンを聞かせるっていうのはどうよ?」
山脇がそう提案すると、純平と梓以外のクラス全員が、いいじゃん、いいじゃんと言い始める。
「そもそも、お前、俺と梓のバイオリン聴いたことあるのか?」
純平だって簡単に引き受けるわけにはいかなかった。
しかし山脇は、純平にそう言われるのをわかっていたらしく、純平に自分が見た事実を教えることにした。
「夏休みにさ、たまたま高台の公園に行ったんだよ。そしたらバイオリンの音がするから行ってみたら、夏見と遠山が二重奏を演奏していてさ。素直に上手いと思ったんだよ」
純平はそこまで言われると何も言い返せなかった。しかも、クラス全員にあの公園で練習しているのをバラされてしまった。
「おい、梓。お前はいいのか?」
純平は後ろの席から梓に声を掛ける。すると今度は梓が、山脇に対して言い出した。
「私と純平くんがバイオリンをやるとしても、バイオリンだけじゃ聴き慣れない人にはつまらないと思うの。せめてピアノの伴奏が出来る人がこのクラスにいたらいいのだけど」
梓は、ピアノを自分たちの演奏と同じくらい弾ける人がいないとやらないぞと、暗にそう言ったつもりだった。しかしその言葉が、決定打となってしまった。
「実は俺、3歳からピアノを習っているんだよね。だから、俺がやるよ」
山脇がしてやったりの顔で、純平と梓に言い切った。
純平は山脇の存在は知っていたが、小学校は違っていたし、中学の時は話したこともなかったので、まさかピアノ歴が13年もあるなんて思いもしなかった。
そして多数決で、1年3組はバイオリンカフェ(←そのまま)をすることになった。
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