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失意
1年3組のバイオリンカフェは、前評判が良かったこともあり、文化祭が始まると同時に満席となっていた。
客は45分ごとに入れ替え制となっており、もっと聞きたい場合には次の回のチケットを購入し店に入る必要がある。
そして、教室がそのカフェとなるのだが、廊下からは見えないようにカーテンがされ、3人が楽器を演奏している様子を見るためには、チケットが絶対に必要だった。
そして、45分のうちの30分が経過した頃に、純平、梓、山脇の3人が出てきて3曲ほど演奏する。演奏する曲もその回ごとに違うので、なにが聴けるのかはわからないが、それでも毎回お客さんたちは盛り上がってくれた。
ちなみに、教室にはさすがにグランドピアノは置けないので、山脇は自宅から電子キーボードを持参してそれで対応した。
純平と山脇は、二人とも白のシャツに黒のベスト、黒のネクタイ、黒のズボンで合わせてきた。梓はオフホワイトのワンピースに、髪の毛はクラスメイトの女子に編み込みをしてもらっていた。(本人はなぜか不服そうだったが)
そしてこの日何回目かの演奏となり、3人がカフェという名の教室に入る。
するとそこには、純平の父親と母親、そして知らない男性が3人で一緒に座っていた。
(げっ・・・・・・父さんも、母さんも、なんでいるんだ)
純平は少し気恥ずかしかったが、両親に純平のバイオリンを見られるのは初めてではないので、気を取り直して演奏に集中する。
この回で演奏するのは映画のテーマ曲、愛の挨拶、そしてチャルダッシュだ。その3曲を見事に演奏しきると、大きな拍手を貰う。そして客席入れ替えのため廊下に出た両親に、純平は声を掛けた。
「父さん、母さん、わざわざ来てくれたんだ」
「ああ、久しぶりにお前のバイオリンが聴きたくなってな」
「よかったわよ純平」
両親にそう言われてホッと息をつく。するといつの間にか純平の隣にいた梓が、純平の両親と一緒にいた男性に声を掛ける。
「お父さん、純平くんのご両親と知り合いなの?」
「え・・・・・・?」
梓の言葉を聞いて、純平は自分の両親と一緒にいた男性が、梓の父親だと知って驚きを隠せない。
「あー・・・梓、父さんも最近知ったんだ。夏見先生の息子さんと梓が同じクラスってことを。それで今日は二人をちょっと驚かそうと思ってね」
聞けば、梓の父親も、純平の父親と同じ病院に勤める医者で、たまたま子供の話になって自分たちの息子と娘が同級生であることを知った。
そして、バイオリンという共通点があることも。
「梓ちゃん今度、遠山先生と家に遊びにおいで。純平とはコンクールにも一緒に出るんだし、仲良くしてもらえたらと思うからさ」
純平の父親が梓にそういうと、さすがの梓も拒否なんかできるわけもなく、「それではお邪魔させていただきます」と返事をしていた。
こうして純平は、梓のことをまた一つ知ることとなった。
しかしこの回にいたのは、純平の両親と梓の父親だけではなかった。
夏のコンクールで純平に負けて、バイオリン教室に行かなくなった柚季も、友人と一緒に来ていた。帽子を深くかぶり、決してバレないように静かにしていた。
そして、純平と梓が二人で演奏しているのを見て、柚季は涙が止まらなかった。こんなにも息ぴったりの演奏を見せつけられて、しかも二人とも楽しそうで。自分が入る隙なんか全くないのを思い知らされた。
本当は今日、純平に告白して、フラれて、それで全て終わりにするつもりだったのに、純平は柚季にそれすらもさせてくれなかった。
柚季は失意の中、バイオリンカフェに投票した後、純平に顔を見せることなく帰っていった。
そして、二日間に渡って行われた文化祭が終わり、投票の一番多かったクラスが発表される。
「最優秀賞は・・・・・・3年2組の、笑いと恐怖のお化け屋敷です!おめでとうございまーす!」
発表された瞬間、1年3組はガクッと落ち込んだ。みんな自信があったのに、やっぱり3年生には勝てないんだと思った。
「そして、学校の先生方が決める特別賞は・・・・・・1年3組のバイオリンカフェです!おめでとうございまーす!」
その瞬間、クラスみんなで大喜びした。副賞はないが、表彰式で賞状が貰えるということで、純平、梓、山脇の3人で舞台に立った。
コンクール慣れしている3人も、この時はまた違った高揚感に包まれた。
後日、気になる副賞が何だったのか聞いたところ、「駄菓子の詰め合わせセット」だったことが分かった。
それを聞いた瞬間、お菓子のためにあんなに頑張ったのかと思うと、ちょっと悲しくなったのは気のせいではない。
🎻 🎻 🎻
「あの文化祭で純平と遠山のバイオリンを聴いて、マジで鳥肌たったし、音楽であんなに感動したのも、生まれて初めてだったな」
高台にある公園のベンチに橋本と二人で座り、純平は文化祭でのことをいろいろ思い出していた。
あの時演奏したチャルダッシュは、音大に入った後も何度となく演奏した。その度に純平は、梓のことを思い出していた。
「純平、俺はさ、吉田は昨日ああ言っていたけど、別に無理して彼女を作る必要はないと思うよ。お前が遠山のことを忘れられないのをわかっているからこそ、そんなこと言えるわけないんだ。だから気にするな」
橋本にそう言われて、純平は少し心が軽くなった。
橋本も吉田も、純平を心配して言ってくれているのだということは、純平自身もよくわかっている。たとえそれが全く反対のことであってもだ。
今の梓に、こんな風に寄り添ってくれる人はいるのか・・・と、純平はまた梓のことを考えていた。
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