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本番
その日は朝から風が冷たく、とても寒い日だった。
コンクールが行われる会場は、純平と梓が住む町から車で1時間ほどの、この地方では比較的大きなホールでの開催となった。
コンクール当日は、純平の父は仕事で都合がつかず、梓の父が車を出してくれることになった。その車に純平の母を加えた四人で、会場に向かうこととなった。
会場入り口で受付を済ませ、着替えのため更衣室へ向かう。
純平の母が梓に、着替えを手伝うか聞いていたが、いつも一人でしているから大丈夫だとやんわり断られていた。そのやり取りを横目に、純平もコンクール用のスーツに着替えに行った。
スーツと言っても、ジャケットは羽織らず文化祭と同じ、白いシャツに黒のベスト、黒のネクタイ、黒のパンツスタイルにした。このスタイルが演奏しやすいスタイルだった。
先に着替えて調弦を済ませ、控室で待っていた純平のそばに人の気配がしたため、パッと顔を上げると、ドレスに着替えた梓が立っていた。
「あ・・・梓・・・・・・」
「・・・お待たせ」
初めて見た梓のドレス姿に、純平は完全に見惚れてしまった。
中学生の時に出場したコンクールは、純平も梓も学校の制服を着て演奏したので、梓のドレス姿を初めて見た。
梓が着ているドレスは、ネイビーのハイウェストのロングドレスで、背中にはリボンが編み込まれている。袖はふんわりとしたレースで肩口からスリットが入っており、そこから見える白い腕に色気が漂う大人っぽいドレスだ。髪はハーフアップに結んでおり、キラキラと輝くバレッタをつけていた。
よく見ると薄くメイクもしているようで、何もしなくても美人な梓が一層際立っていた。
「あの・・・純平くん?」
自分の姿を見てなにも言わない純平に、梓は不安になる。その時、二人に声を掛ける人物がいた。
「純平、見惚れてないでこういう時はきれいだよって言うんだよ」
「花純ちゃん!」
「花純先生・・・・・・」
純平は梓に見惚れていたのを花純に見られ、恥ずかしくてつい顔を背けてしまった。
「調弦は終わったの?」
「私はこれからする。花純ちゃん、今日来れないかもって聞いてたから、来てくれて嬉しいっ!」
「かわいい姪っ子と、かわいい教え子がデュエットするんだから、見届けないとね。本番前に仕上がりを確認するから、調弦済ませておいで」
「わかった!」
梓はスキップでもしそうな勢いで控室を出て行った。
梓を見送ると、花純は純平の方を向き一言。
「純平は名前通り純な男だねぇー・・・」
「本番前にうるさいですよ」
「あら、褒めてるのよ。私も純が付くけど、大違いだなって」
純平はジロリと花純を見るが、花純はなぜか楽しそうに笑っている。それがまた憎らしかった。
それから音出しをする部屋へ行き、本番前の最後の調整をする。
この部屋では純平たちだけではなく、今回出場する人たちが各々練習をする場所なので、いろんな音が飛び交っている上、みんなライバルなのでバチバチだ。そんな中でもしっかりと自分たちの音を聴き、集中して仕上げていく。
「うん、いいと思うよ。純平も梓も夏休み前から練習していたし、頑張ったんだから、しっかり結果を残しておいで」
「はい」
「ありがとう、花純ちゃん」
そしていよいよ、純平と梓の出番になった。
二人の名前が呼ばれ、曲目が紹介されると、二人で舞台に出て行く。
コンクールは基本、暗譜して演奏するため、楽譜をセットすることはない。
2ndバイオリンの梓のメロディーで曲は始まる。
通常、1stがメロディーを演奏し、2ndはその伴奏やハモリを演奏するのが一般的だ。
しかし、二人が演奏しているバッハの「2つのバイオリンのための協奏曲 ニ短調 第一楽章」は、1stも2ndもそれぞれが独立する形で対等にメロディーを演奏するため、どちらか一方の主張が強すぎても弱すぎてもバランスが取れなくなってしまう難しさがある、そんな曲だった。
それでも二人は、これまで練習してきた積み重ねで、それを難なくこなしていた。純平と梓の音がホールの中に響き渡り、会場をバッハの荘厳なメロディーで包み込む。
二人は演奏中、時折目を合わせてお互いのタイミングを計る。こういうことも、練習を積み重ねたうえで自然と身につけたものだった。
そして約4分間の演奏が終わり、二人の持つ弓が弧を描くと、会場から大きな拍手が沸き起こった。
決して大きな大会ではないが、二人は見事、二重奏の部門で1位を獲得した。そして、総合でグランプリも獲得した。
「二人ともお疲れさま!」
表彰式が終わり、すべてのプログラムを終了しロビーに出ると、花純、純平の母、梓の父、そしてなんと担任の鈴木先生までいた。
「え・・・先生、なんでいるの?」
「なんでって、あのバイオリンカフェの功労者の二人が出るコンクールなんだから、応援しに来たに決まっているだろう」
純平も梓も、まさか担任の先生まできているとは思わず、面食らってしまった。
「もうっ、純平ったら。先生がわざわざ来てくれたのにそんな言い方してっ」
母親に窘められて、純平は素直に鈴木先生にお礼を言う。
「すいません先生。わざわざ、ありがとうございます」
「いいよ、いいよー。二人が頑張っているのは知っていたし、実際ホントすごかったよ。先生あまりバイオリンのことは詳しくないけど、二人のバイオリンが凄いのだけはわかったからさ」
そう言って笑い飛ばす鈴木先生には感謝しかなかった。
それからなぜか、純平と梓の2ショット写真を撮ることになり、二人はバイオリンを抱えて写真を撮った。
その帰り際、花純から思わぬ一言が飛び出す。
「純平も梓もさ、今度の夏に大きなコンクールがあるんだけど、それにまた二人で出てみない?二人とも相性よさそうだし、いいと思うんだけど。それにそのコンクールで上位に入賞したら、次のステップアップに大いに役立つよ」
花純のその提案を聞いて、二人で顔を見合わす。
正直純平は、梓との演奏が楽しくて仕方なかった。それは梓も同じ気持ちだった。それはお互い口にしなくても、なぜか通じているような気がした。
「私は、純平くんがやるなら、また二人でやりたい」
梓は花純にそう言い切った。梓がきちんと言ったなら、純平も言わずにはいられなかった。
「俺も・・・・・・梓と弾くことは楽しかった。だから、夏も一緒に演奏したい」
二人のその言葉を聞いて、花純はかわいい教え子二人の肩にポンと手をのせる。
「今までは二人で自主練習することが多かったけど、夏のコンクールはそうはいかない。私が徹底的に指導するから、二人とも覚悟するように」
そうして二人は、その後も二重奏を続けていくことになった。
🎻 🎻 🎻
梓との二重奏は、あの1回きりだったはずなのに、花純の一言で続けることになったことを思い出した純平は、あのコンクールでもらったメダルを見ながら思わず笑みが零れた。
「たぶん、あの時にはもう、好き・・・だったんだろうな・・・・・・」
最初は小さな恋心を認めたくなくて、気づかないふりをしていた。それなのに、気持ちはどんどん膨れ上がって、今では未練タラタラになってしまった。
だけど、しょうがない。忘れられないんだから。
そう自分に言い聞かせて防音室を出ると、純平のスマホが鳴る。画面を見ると、その相手は吉田からだった。
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読んでくださった皆さまへ
今回、純平と梓が演奏したバッハの「2つのバイオリンのための協奏曲 ニ短調 第一楽章」もYouTubeにたくさん動画がアップされていますので、興味のある方はぜひ覗いてみてください。ピアノの伴奏付きのもあれば、ないものもあるので、聞き比べるのも楽しいですよ。
この曲は今後も物語の至る所に出てきますので、頭の隅っこにでも置いといてください。
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