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帰京
その翌日。純平は約束通り、梓と一緒に征司と加夜子の話し合いの場に同席した。征司は純平が一緒に来たことに驚いていたが、深いことは何も聞かず、そのまま二人を家に入れた。
そして梓は、これまでの思いを征司に打ち明けた。
母親に捨てられたという気持ち、難病を持って生まれた自分自身について、そしてそんな自分を、祖父母に助けられながらも育ててくれた父親に対する感謝と罪悪感。加夜子と再婚することで、孤独になると思い詰めたこと。
梓は涙を流しながらも、自分の口できちんと気持ちを伝えた。
「私は・・・・・・お父さんが・・・誰よりもお父さんが好き・・・だから・・・幸せになってもらいたい・・・・・・大嫌いって・・・言って、ごめんなさい・・・・・・失明しても・・・嫌いに・・・ならないで・・・・・・」
梓のその言葉を聞いて、征司は梓をしっかりと抱き締める。加夜子も、そんな二人を見て涙を流していた。
「梓、お前はお父さんにとって、かけがえのない大切な宝物だ。お前の病気はお前のせいじゃない。もう、自分を責めなくてもいいんだ。失明を恐れて、諦めなくてもいいものまで諦めないでほしい。お前にはお父さんがついている。治すのは難しくても、1日でも長く梓の目が見えるように最善を尽くすよ。だから、梓は梓らしく、以前のように明るく活発な娘でいてほしい。それがお父さんの願いだ」
梓は征司にそう言われて、まるで子供のように征司の胸の中で泣き続けた。
純平は、梓の不安や迷いが少しでも解消されたのをみて、少し心が楽になった。
それから四人は、昨日食べるはずだったクリスマスケーキを食べることにした。キッチンでは加夜子がコーヒーを準備し、梓がケーキを切って皿に移していた。
「純平くん、ありがとう」
征司にそう言われ、純平は「え?」となる。
「いや、俺はなにも・・・・・・」
「そんなことないよ。純平くんがいなければ、梓はもっと殻に閉じこもってしまっていただろう。君がいたから、梓も心を開いてくれた」
「・・・・・・それなら、良かったです」
そう返事をする純平の顔を見て、征司は少し試すようなことを言う。
「もし、二人が交際をするなら、僕は反対しないよ。だからその時は、正直に言ってね」
突拍子もないことを言われた純平は、ワタワタとわかりやすく動揺する。
「い、いや、あのっ・・・梓とはそんなんじゃ・・・・・・」
「おや、梓では不満?自慢じゃないけど、うちの娘はすごくかわいいと思っているんだけど」
「いやっ、不満・・・とかではなくっ、その・・・・・・」
純平はずっと拗らせていた自分の気持ちを、昨日やっと認めたばかりだった。それなのに急にこんなことを言われて、対応に困ってしまった。
「征司さん、そんなに意地悪したら、純平くんにも梓ちゃんにも嫌われてしまうわよ」
見かねた加夜子がコーヒーを置きながら、純平に助け舟を出す。
「はっはっはっ!すまん、すまん。若い二人の邪魔をするつもりはないから、思いっきり青春を満喫してくれ!」
征司はそう言って笑い飛ばすが、純平は全く笑えなかった。
それから四人でケーキを食べている時に、梓がポツリと呟く。
「来年は加夜子さんも一緒に、ケーキを作りたい・・・・・・」
梓の言葉を聞いて、征司の目が大きく見開く。加夜子も、驚いて言葉にならなかったが、涙をこらえて一言、
「そうね。梓ちゃんと房恵さんと一緒に、とびきり大きいクリスマスケーキを作りましょうね!」
そう約束した。
その年のクリスマスは、純平にとっても、梓にとっても忘れられないクリスマスになった。
🎻 🎻 🎻
純平と征司は、約12年前のクリスマスに起こった出来事を、二人で思い出しながら話していた。
「あの時もし、梓の本音を聞くことができなかったら、僕は加夜子と再婚しなかったと思う。なによりも、誰よりも大切な梓が望んでいない再婚をしようとは思わなかったからね。もちろん、加夜子のことも大切に思っていたけど、梓には代えられなかったから。だから、僕が再婚できたのは、あの時純平くんが梓を支えてくれて、見守ってくれたおかげだと思っているんだ」
征司は純平の目をまっすぐに見つめて、そう言い切った。
それに対して純平は、なかなか言葉が出せず俯いてしまった。
そんな純平を見て、征司がポツリと呟く。
「僕はね、純平くん。君にも幸せになってもらいたいんだよ。君が梓のことで心を痛めているのを知っているからね」
「・・・・・・なんか・・・すいません」
「ははっ、謝る必要はないよ。だけど、これだけは覚えていて。なにがあっても僕は、君と梓の味方だよ」
征司はそう言うと、目尻に皺を寄せて優しく微笑んだ。
純平は征司と話しているあいだ何度も梓がいま、どこで、なにをしているのか聞きたかった。
でも、それを聞いたところで自分に何が出来るのか、今さら自分に会うなど迷惑でしかならないと思い、言い出すことは出来なかった。
そして征司も純平に梓がいま、どこで、なにをしているのかを一切言わなかった。それが全ての答えなんだろうと純平は思った。
それからしばらく話した後、征司ともまた正月に会おうと約束して、純平は実家に帰ることにした。
この町には今でも梓との思い出が色濃く残っている。
高台の公園以外にも、町中にある公園のベンチで二人で話したこと、町立病院前や駅で待ち合わせをしたこと、街灯しかない道を二人で歩いたこと。
どこを見ても梓を思い出すこの町は、純平にとって思い出の町であると同時に、梓がそばにいない現実を突き付けてくる残酷な町だった。
そんな町とも、また明日からしばらくお別れだ。
東京に帰ればまた、忙しい日々が始まる。
その間だけは、梓のことを考えずに過ごすことができる。
たまに思い出して胸が苦しくなることもあるけれど、それはすぐに忙しさと疲れがその気持ちを押し流していく。
そして純平は4日間の帰省を終えて、東京へと帰っていった。
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